友加理のひな祭り

第54話 ふう子が倒れたぁ?

 「えーっ! ふう子が倒れたぁ?」

 高くはないが張りのある声が午後の文化祭実行委員会室に響きわたった。

 薄いカーテン越しに日射しが入り始めている。

 ずいぶん日が長くなり、夕方になっても明るい季節になった。

 試験も終わってほっと息をつきたい空気なのに。

 「えーっ? なんでーっ? なんで、なんで倒れたっていうのよっ!」

 その空気が一人の女生徒の巨大な声であっけなく壊されていく。

 その声の主は、いちおうこの部屋の主、文化祭実行委員長の岡村おかむら純音すみねだ。

 とても頼りがいのある性格で、ついでにとても頼りがいのある体格をしている。その性格と体格で、仕事も多くストレスも多い文化祭実行委員長の仕事をこなし、委員会をリードしてきた。

 「純音」という名まえに恥じず、歌を歌うと声量は豊かだし、音程も確かで、つまりとても歌がうまい。楽器もうまい。ピアノの難しいフレーズをこともなげに軽々と高速で弾きこなす。感受性も豊か、感情も豊かなのだが。

 小さいことでもその豊かな声を張り上げて反応するのが、ときに困るところだ。

 いまだって、三人しかいないところでそんな大声を出すことはない。

 「えっ? いやいや。ちがうちがう! 正実まさみを責めてるわけないじゃん。正実のせいでそうなったなんて言ってないじゃん! そんなこと言うわけ……うん、うん、うんうん。ごめんごめん」

 電話の相手にも怒られたらしい。それで、そのあとは大声を出すこともなく、

「うん……。え? うん。……悪いの? ……あ、いや、その、なんていうの、熱とか、寝てないといけないとか、そういうやつ。……うん……ああ。登校停止……。何日? あ、……あー。うん……あー……うん……うん。わかった。教えてくれてありがとう」

と続けて、

「じゃ、またね」

と電話を切った。

 とりあえず純音の張りのある大声から解放されて、友加理ゆかりは、やっとほっと息をつくことができた。

 純音はスマホをしまうと顔を上げ、目尻を下げて、不景気に言う。

 「ふう子、インフルエンザだって」

 二年生副委員長で会計の益守ますみり志穂美しほみがえっと短く声を立てた。

 ふう子というのは、布上ふかみ羽登子はとこといって、あさって行われる観梅かんばい会の司会を頼んでいる子だ。

 今日の生徒会の観梅会最終確認に来るはずなのに来ない。きっちりした子で、ずる休みなんかするはずもない。何かクラスの事情で遅れているのだろうと待っていたが、やっぱり来ない。

 それで純音が羽登子と同じクラスの友だちに電話して確認した。

 で、その結果が、いまの大声と、大げさな謝罪と、それに続く小声の会話だったのだが。

 友加理が言う。

 「インフルエンザって、学校に来てはいけないんだよね?」

 「うん」

 不景気な声のまま純音が答えた。

 「熱が下がって三日間だって」

 いまの電話で、それも確認したのだろう。

 「学校に来れないってことは、学校の外でやる学校行事もだめなんだよね?」

 「うん……」

 友加理は、軽く深呼吸して、言った。

 「まあ、座ろう」

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