第53話 成績もよかったけど、くせの強い子が多い学年

 「だからさ」

 桃子ももこさんは、和んだ、陽気な空気のまま、言う。

 「同級生を教室に入れなかったとか、先輩のルール違反を見逃さなかったとかってこともあったかも知れないけど、もっと普通のひとだったんじゃないか、って、そういうことだよ。その平松ひらまつ均美ひとみさん」

 桃子さんは憂鬱に沈むこともなく、さばさばと活発に言った。

 「でも、本人が高校からほかの学校に行ってしまって」

 千枝美ちえみは驚いた。

 「そんなのって、あるんですか?」

 明珠めいしゅじょ第一高校は中学校からの一貫校だ。

 たしかに、千枝美や、あの澄野すみのあいのように、高校から編入する生徒は多い。けれどその逆はない。エリート校だけあって、中学校は明珠女第一中学校を出て高校はほかの高校に行く、というパターンはない。

 そう思ってきたのだけど。

 そういう人がいたらしい。

 「まあ、平松均美さんにとっては、この学校のレベルは低すぎた、ってことじゃないかな?」

 うーん。

 明珠女一高のレベルが低いと思うなんて、その人って、どんな高いレベルの教育を求めていたのだろう。

 明珠女一高で満足できないなら、全国的に有名な進学校にでも行くしかないと思うのだけど。

 「平松均美さんって人が、そういう、この学校のレベルで妥協しない人だとしたら、インパクトの強い事件のことだけ伝わって行くうちに、だんだん実像からかけ離れてしまった、ってこと。そうだと思うよ」

 「なるほど。そういうことですか」

 何か、納得ができない、という気もちは残る。

 でも、それより。

 「じゃあ、樹理じゅりは、その実像からかけ離れた先輩の像を理想にして?」

 樹理は、その先輩と違って、この学校に来てしまった。

 樹理の成績はトップクラスで、もちろん千枝美は、逆立ちしたらもちろん、どんなに背伸びしても追いつくことはできない。

 しかし、じゃあ、樹理の成績が、全国的に有名なエリート進学校に行けるすごい成績かというと、そうでもないと思うのだ。

 つまり、その先輩と樹理とはもともと差がある。

 その上で、実像ではなく、伝説になった像を追いかけたら……?

 「うん……」

 あ、いけない。桃子さんを憂鬱なほうに引き戻してしまった。

 でも、桃子さんは、コップを置くと、体を後ろに倒して両手で支えた。さっきの活発な声に戻って、言う。

 「でも、新入生が入って来たら、また変わるんじゃないかな」

 そして、意味ありげに千枝美を見る。

 「千枝美ちゃんも愛ちゃんもいることだし、さ。学年の雰囲気って、一人の生徒で作るものじゃなくて、みんな、とは言わないけど、何人もの生徒で作るものなんだから」

 「そうですね」

と、千枝美は肯定的に反応する。

 「寮委員長一人では、学校の雰囲気も、寮の雰囲気も作れるもんじゃないですし」

 その反応に、桃子さんはいきなり身を起こした。

 何かおもしろいことを話そうとしている。そんな感じだ。

 その桃子さんが言う。

 「そうそう。その、卒業した若尾わかお友加理ゆかりさん。友加理さん本人は、すごく性格もよくて、すごくいろんなことに気がつく人だったけど、その友加理さんが生徒会長だったときの学年、成績もよかったけど、くせの強い子がすごく多かったらしいよ」

 生徒会長一人では、学年の雰囲気を決められない、ということの実例らしい。

 「ふうん」

 千枝美は、その声のアクセントがなまいきそうかな、と思った。

 けれど、べつに先輩の前でなまいきぶるつもりはない。ほんとうに感心したのだ。

 桃子さんならわかってくれるだろう。

 それよりも。

 「成績もよかったけど、くせの強い子が多い」って、どんな学年だったのだろう?

 明珠女の校風は、「進学や受験のことばっかり考えていて、勉強以外には関心はない」というのとは違う。そういう子がたくさんいるのもたしかだけど、千枝美は違う。千枝美は「特別に出来が悪い」ほうの例外としても、桃子さんだってあいだってそういうのとは違う。

 樹理だって、「勉強以外」に関心を持っている。

 門限を守るとか、守らせるとか。

 明珠女の悪口を言うのを許さないとか。

 瑞城ずいじょうの生徒のお行儀の悪さは許せないとか。

 そういう関心を持っているのがいいかどうかは別として、とりあえず、持っている。

 だから、明珠女は、「成績がいい子が多い」というより、普通に「いい子」が多い女子校?

 そして、「いい子」が多いぶん、「くせが強い」子は明珠女には少ないと思う。

 だったら。

 どんな学年だったのだろう?

 その若尾友加理さんという生徒会長がいた学年って。

 「だから、友加理さんの学年のおひなさまのイベントって、たいへんだったらしいよ」

 桃子さんはそう言って、くすっ、と笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る