第40話 引っかけ問題

 樹理じゅりはそれまでとは違う動きをした。右に上げていたシャープペンシルを下ろし、紙の上を何度もつつくようなふりをした。

 それで、ふっとあいのほうを振り向く。

 「できたけど」

とそっけなく言う。

 「あんたの解答、見せて」

 「あ」

 そうだ。樹理の部屋には答え合わせに来たのだ。

 「うん。これ」

 愛は、立ち上がって、自分の答えを樹理に渡した。

 樹理の答えと愛の答えを並べて見る。

 樹理の字はきれいだ。薄いけれど、しっかりしている。

 それに、定規を使わずに書いたグラフがきちんとしている。直線は直線だし、直角に交わるところは直角になっているし、二次関数の曲線もきっちり描かれている。

 愛も字が下手ではないつもりだが、樹理のと並べられるとその整っていないところが目立つ。

 そのきれいな字の樹理の答案を追って行くと、最後の答えはその問題のルート19を含んでいた。

 ほっとする。胸が温かくなった。

 でも、樹理は、その愛の答案を上から順番に追っている。さっき、自分の答案にしていたように、シャープペンシルの先を落とすようなふりをしながらだ。

 ほっとしたところだけど、こんどは緊張する。先生に答案をチェックされているときよりも緊張する。

 「うん。あんたもだいたいおんなじ解きかただ」

 樹理はそっけなく言った。

 「だからさ、あんたの妹の答えが端数になったっていうのなら、それで合ってるんだよ」

 そういえば、これを樹理に頼んだのはあの子のためだった。

 あの子はまちがってなんかいなかった。

 では、いつもと違って、どうしてあの子はほかの子の答案と自分の答案が違うことなんか気にしたんだろう。

 「それでさ、ちょっと」

 樹理は愛に手招きするようなしぐさをした。

 愛が樹理の手もとをのぞきこむ。

 樹理は、途中の段階の図を指で示して、愛を見上げた。

 「ここでさ、もう一つの三角形をグラフの右側に作って、辺の長さが2ってことだけにとらわれてx軸を辺にしたらさ、直角三角形になるでしょ?」

 そっけなく解説する。言っていることはすぐにわかった。

 「うん」

 「それでさ、これがほかの二つの三角形と合同だと思ってしまうと答は10になるし、この直角三角形の面積を正確に計算すると11になる。でも、この三角形が直角三角形だとすると、三角錐はできない。つまり、まちがい。だからさ、まちがうと答が整数になるんだよ。引っかけ問題だね」

 「ああ!」

 そうだ。そのうるさくしていた子たちというのは、その引っかけに引っかかったのだ。

 つまり、優のほうが正解、ということになる。

 「たぶん、これ、中学校の正岡まさおかっていう先生が作ったんだ。中学校の試験でもこういうのあったよ」

 樹理は機嫌がいい。頬が血色よくなったように見える。

 この子の血色のいいところはほとんど見たことがない。体育で激しい運動をしたあとでさえ、どこか白くすっと透き通るような顔色をしていたと思う。

 「ああ……そうなんだね」

 樹理は中高一貫生だからそれがわかる。

 愛は高校からだから、そういう事情はよくわからない。

 明珠女の中学と高校の先生は、ほとんどみんな中学校と高校の両方の先生の免許を持っているから、中学校の先生が高校の入試問題を作ることもあるわけだ。

 樹理が、愛がプリントしてきた問題と愛の解答を返してくれた。

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