第38話 解答の道筋

 ふだんの服に着替えたいと思ったけれど、あいがいるのに制服を脱いで着替えるわけにもいかない。ゆるんだ髪を留め直すだけにする。

 紙袋をどこに置こうかと迷う。

 愛の前で、愛のようにいつまでも迷っているところは見せたくないので、さっさとベッドの隅に置いた。

 制服を着たまま机の前に座ったちょうどのタイミングで、愛は持ってきた紙を差し出す。

 「これなんだけど」

 こういうときでも、愛は遠慮がちで、びくびくしている。そういうところがいらいらする。

 「うん」

 でも、樹理じゅりはすなおに受け取った。

 「それで、こっちがわたしの解答なんだけど」

 愛がつづけて鉛筆書きの紙を机の上に置こうとした。

 「いや」

 樹理は手を上げてさえぎる。

 「まず、自分だけで解いてみたいから」

 「うん」

 愛はその紙を自分の手許に戻した。

 このままだと、この愛という子は、その場所に突っ立ったまま樹理が問題を解くのを見ているだろう。心配そうに。

 そういう心配性なところは好きだけれど、それでは気が散る。

 化粧台の前の椅子に座ってもらおうかとも思うけれど、その場所だといま座っているところからほとんど真横で、横からのぞきこまれているのとあまり変わりがない。

 「あのさ」

 樹理は愛の顔を見上げた。

 「ちょっとベッドに腰かけて待っててくれる?」

 ベッドならばいまの樹理の真後ろになる。ほかの子に後ろから見られるのは、横からじっと見ていられるのと同じくらい気になるけれど、見ているのが愛ならかまわないと思う。

 「ベッドに?」

 「うん。暖房つけたばっかりだし、そこがいちばんあったかいから」

 「うん……」

 愛はそれでも気が進まなさそうだ。

 ベッドに腰かけるなんてお行儀が悪い、なんて思うのだろうか?

 「どうしたの?」

 「いや。きれいにベッドメイクしてあるのに、その上に座ったら……」

 そんなことか。

 「あ、そんなのいいって。あとはわたしが寝るのに使うだけなんだから」

 言って、樹理はその問題に取り組む。

 ベッドがきしんだ音がしたから、愛は言われたとおりベッドに座ったのだろう。

 二次曲線と、その二次曲線上の点を結んでできる三角形、その三角形から別の三角形を座標上で作って、その二つの三角形を直角に折ってできる三角すいを作る。その表面積と体積を求める。

 体積は角錐の体積の公式で簡単に出る。問題は表面積だ。

 これって、いまやってる三角関数で解くんじゃない?

 いや、でも、中学生は普通は三角関数なんか知らない。

 自分は知っていた。受験の前に高校の数学の参考書は読んでいたから。

 いま後ろにいる愛も知っていたんじゃないかと思う。もしかすると、その愛よりも出来がいいという妹も。

 いや、もしかすると、ではなくて、知っていたに違いない。

 そう思ったとき、ああ、と、樹理には解答の道筋が見えた。

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