第37話 愛は自信を持たない

 あいの頼みは、さっきまでやっていた今年の明珠めいしゅじょ第一高校の数学の入試問題を一問解いてほしいということだった。

 愛も解いてみたけれど、答え合わせをしたいという。

 「いいけど」

 樹理じゅりは愛を部屋に入れ、コートを脱いで手を洗ってうがいをした。手を拭きながら樹理は愛にきく。

 「でも、どうして自分のところの入試問題なんか解いてみようと思ったわけ?」

 愛はいろいろと努力する。むだな努力のことが多いけれど。

 だから、自分の学校の入試問題を解いて、去年より学力が落ちていないか確かめようと思ったのかも知れない。

 けれども、だとすると、この一問だけ、というのがよくわからない。それに、そんなことに人を巻きこみ、答え合わせをしようとするのはさらに愛らしくない。

 「妹がね……妹が明珠女を受けに来たって言ったでしょ?」

 「あ、そうだったね」

 その妹というのは、この姉の愛が部屋を確保してやったにもかかわらず、泊まりに来なかった。

 姉に手間を取らせるのをなんとも思っていない子なのか。

 そうかも知れないと思ったけれど、親が勝手に部屋を取るように愛に頼んだのかも知れない。子どものことは放任していた樹理の親だって、樹理の受験のときには学校の近くまで車で送ってくれたのだ。

 雪でたいへんだったんだから、泊まればよかったのに。

 そう言おうとしたが、やめた。

 「それで?」

 「妹はわたしより成績がいいんだけど、この問題をまちがえて調子を崩したって、なんか自信をなくしてるんだよね。後ろで受けてた子が答えは10だとか言ったのに、妹はさ、答えが整数にならないで、ルート19がくっついたからまちがいに違いないって。でも、わたしが解いてもそのルート19がついてしまうんだよね。でも、わたしも妹とおんなじまちがいしてるかも知れないって思って」

 ああ、やっぱり愛だ。

 「あんたが解いてだいじょうぶだと思ったら、それでだいじょうぶだと思うけれど」

 こういうときに愛は自信を持たない。確かめようとする。

 それに巻きこまれたんだと思う。

 でも腹は立たない。

 ほかの子、たとえばあの掃部かもり千枝美ちえみなんかにそんなことを言われたら、冗談じゃない、自分でもう一回解き直しなさいよと言うだろう。

 でも、愛ならば別だ。

 それに、愛のことだから、ここに来るまでに一度くらい解き直しているだろう。

 「うん、でもやってみるよ、わたしも」

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