第35話 あたってしまった予感

 寮に帰り着くと、あいは、部屋の暖房をつけ、うがいをして手を洗っただけで、着替えもしないままパソコンを立ち上げた。

 ブラウザでは明珠めいしゅ女学館じょがっかん第一高校のページが最初に開くようになっているので、そのまま高校入試のページへと進む。優が言ったとおり、もう問題が公開されていた。

 その問題をプリンタに出し、プリントした紙を机の上に置く。

 優が言っていたのは、たぶん、大きい問の「2」という問題だろう。

 着ていたコートを脱いでハンガーにかけ、軽く髪にブラシをあててから机の前に座った。

 椅子を引き寄せて問題を解く。制服を着たままなので、自分が学校で試験を受けているようだ。

 その問題はたしかに複雑だった。グラフの座標の問題から、図形の面積の問題へと進んで、そこからさらに立体の問題になる。愛が受けた去年の試験ではこんなややこしい問題は出なかった。

 解いてみる。

 なかなか答が出ない。いま知っている三角関数とか余弦よげん定理とかを使えば答えは出るけれど、それは高校入試では使えない。

 グラフの上側に図形を作ると、やっぱり複雑な二次方程式を解かなければいけない。

 しかし、その図形をグラフの下側に作ればすんなり答えにたどり着くとやっと気づく。

 よくこんな複雑な問題を作ったものだと感心する。

 そして、愛が出した答えには、やっぱりルート19が入っていた。

 あれ、と思う。

 まちがっているのかと思って、新しい紙にもういちど最初から解き直してみた。やはり同じだ。

 あの子は、答えにルート19が出てしまうからまちがいに違いないと言っていた。

 もしそうなら、愛も同じまちがいをしていることになる。でも、どこでまちがったかということは、愛にはわからない。

 模範解答と解説は合格発表と同時に公表と書いてあった。去年もたしかそうだった。それでは間に合わない。

 だれか、答え合わせをしてくれる子はいないだろうか?

 最初に思いつくのは白川しらかわ桃子ももこさんだ。学力は問題ないし、それにお願いしたら気軽に答えてくれるだろう。

 でも、やっぱり上級生だし、寮委員長だ。そのひとに個人的なことを気安く頼むのは気がひけた。ただでさえ愛はその桃子さんに気に入られようとしていると噂を立てられたことがある。それに昨日はその妹のことで桃子さんに手数を取らせてしまった。

 いまは桃子さんに答え合わせをお願いするのはやめたほうがいい。

 そうなると、寮生のなかで、愛と学力が同じくらいで、しかも愛が気安く頼みごとができる相手は限られる。

 一人はいつか樹理じゅりに締め出された掃部かもり千枝美ちえみだ。成績は平均すると愛よりちょっと下ぐらいだが、科学部に入っているだけあって理系科目は強い。数学も得意だったはずだ。それに性格も明るくて、桃子さんほど明けっ広げではないけれど、やっぱり分け隔てなくみんなとつきあおうとする。

 そして、もう一人は、樹理だ。

 ほんとうは樹理がいちばん頼りになる。

 けれども、頼みにくい。頼んだらいやな顔をしてから頼みを聞き、きちんとやってくれるだろうけれど。

 まず千枝美にきいてみようと、その問題と自分の解答を書いた紙を持って階段を下りた。

 千枝美は食堂の手前の部屋に住んでいる。食堂が近くて便利なようだが、前に寮生たちがたまっておしゃべりしていることも多くて、いちばんうるさい部屋でもある。

 でも。

 また朝と同じことになるのではないかという予感があった。

 雪かきをしようと一階に下りたら、そこで樹理に出会い、雪かきなんか日直に任せればいいと言われた。

 今度は……と思って、階段の途中で足を止める。

 玄関の扉が開いた。

 「あ……」

 入ってきて、顔を上げた寮生と目が合う。

 白っぽいコートに、ブーツを履いて、手には紙袋をげていた。

 樹理だ。

 「あ、お帰り……」

 「あ、いや、ただいま」

 ここまで予感があたるとは、と、愛はあきれた。

 このまま樹理をやり過ごしてやっぱり千枝美のところに行くか、それとも樹理に頼むか、愛は迷う。

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