第34話 一度も負けたことがないのに

 寮の部屋に来ないかと誘って断られるのは計算ずみだった。

 お茶に誘ってもたぶん断るだろうから、それなら、と、チョコレートだけ渡すつもりだった。ゆうに、と言えばそれも断るかも知れないが、家族に、と言えば、断らないだろうと思った。

 ところが、優は、お茶に行くというのを断らなかった。満梨まりさんのお店がいいと言われたときには、優が満梨さんの店を知っていることが意外だったけれど、ちょうどよかった。

 優に対してこんなにお姉さんらしいお姉さんの役を果たせるのが嬉しかった。

 そんなのは小学校のころからなかったことだ。

 優は、小学校の五年生のとき、なまいきな委員長グループと対立して、そのグループの全員を相手に言い争いをして勝てずに帰ってきた。そのとき以来だ。

 あのときは、委員長たちというのがそんな子たちなのなら反感を持っている子も多いはずだから、それを味方にすればいいんだよ、わたしにはできないけど優にならできるでしょ、と無責任なアドバイスをした。妹はそれを実行し、クラスの子たちを味方につけて、なまいきな委員長を謝らせるところまで追いこんだ。

 でも、そのときとは違う。

 なまいきな委員長は謝ってくれるが、試験の点数は上がらない。

 どう元気づけていいかわからない。わからないまま、優が言うことの言葉尻を捉えてでも話しつづけた。自分が黙ってしまったら優の気もちはそのまま深く沈んでしまう。それが怖かった。

 だから、何を話したか、あいはよく覚えていない。でも、話をしているうちに優はいつもの元気を取り戻してきた。

 よかった。

 でもそれで優が明珠めいしゅ女学館じょがっかんに合格するわけではない。

 ふだんなら、自分より成績がいいのだから合格するだろう、と思うのだけれど、今日はその考えが通用しないようだ。

 ふと、思った。

 通用しない?

 ほんとうに?

 優は、同じ学年だったときの愛の成績を一度も下回ったことがないというのに?

 あの子はたしかに数学でときどきくだらないミスをする。けれども、それに気づいたとき、あの子は、どこをどうまちがえたから全体の答えもまちがえた、という説明をするものだ。ほかの子が別の答えを言っていたからそっちが正しいと思った、なんていう説明をするのはきいたことがない。

 客観的に自分を見て結論を出すのがあの子だ。

 今日はなぜかそれができていないのか?

 それとも、やっぱり客観的に見てそのほかの子のほうが正しくて、自分は落ちたと思っているのか?

 それを確かめるために、愛は、あの子が気にしていた、その数学の立体の問題というのを解いてみようと決めた。

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