第33話 思ってもみなかった妹の姿

 モールが開くと、入り口を入ってすぐの洋菓子屋さんで、お父さんとお母さんのために小さい箱入りのチョコレートを買った。

 おばあちゃんはチョコレートがあまり好きではなかったことを思い出して、やわらかい歯ざわりの焼き菓子を買った。

 おばあちゃんに買う以上、離れて暮らすおじいちゃんにも買わないといけないし、そうなるとおじいちゃんといっしょの叔父さんの一家にも買わないといけない。おじいちゃんにはおばあちゃんとお揃いのものを、叔父さんたちには家に買ったのと同じチョコレートを買う。

 ゆうには、優だけのために、ひと箱、やっぱり小さい箱に入ったのを買った。女の子に渡すのにハート型というのもへんだと思ったので、まるい箱のにした。

 ふだんは雨除けのビニールは断るのだけれど、今日は雪除けにかけてもらった。

 この店は、いつも正面のショーケースにプリンが飾ってあって、それがとても艶がよくてぷるんぷるんしているみたいで、来るたびに気になっていた。でも今日はプリンよりも、チョコレートか、それに近いお菓子のほうがいい。バレンタインにチョコレートというのはどこかのチョコレート会社が始めた日本だけの習慣らしいけれど、チョコレートを贈る習慣ならば、融けることを心配しなければいけない夏よりも、冬の寒い時期の記念日のほうがふさわしいと思う。贈るのは花束でもいいときいたけれど、そんなにお金持ちではないあいとしては、やっぱり花よりチョコレートだった。

 愛が買い物をしているあいだに、雪はまた激しくなっていた。

 ペデストリアンデッキもいまはふんわりした白い雪に覆われている。モールの人や駅の人たちが出て雪かきをしているのだが、追いついていない。

 モールから駅までは晴れていればすぐに着く距離だ。その短い距離で何度もすべりそうになって、ようやく駅にたどり着く。

 電車は遅れていて、待合室で三十分以上待った。特急を先に行かせるというので箕部みのべの次の駅でしばらく停まり、いずみはらの一つ手前の駅でもまた長い時間停まった。

 だから泉ヶ原に帰ったのはもう昼前だった。

 普通に試験が進んでいるとすれば、そろそろ午前中の試験が終わるころだが、駅には、明珠めいしゅ女学館じょがっかんの入試は一時間繰り下げます、という案内が出ていた。

 だとすれば、いま二時間目の最中くらいだろう。

 学校から駅までの道を学校の人たちが出て雪かきしていた。

 いつも購買にいるおばさんたちや、生徒たちがお茶部屋と呼んでいる給湯室のお姉さん、何の仕事をしているのか知らないがなぜかその給湯室にいつもいるおじさんも見かけた。

 でも大半は知らない人たちだった。たぶん中学校や大学の人たちもいっしょにやっているのだろう。

 手伝ったほうがいいかな、と思ったけれど、樹理じゅりに知られるとまた何か言われる。

 だから、黙って部屋に帰って、またあり合わせのもので昼ご飯にし、お皿を片づけるついでに簡単に部屋の片づけをした。

 午後は勉強はしないで、前に買って置いたままになっていた漫画を読んでいた。

 何冊か読み終わってからカーテンを開けて外を見ると、雪はやんでいた。空は雲が切れ、晴れ始めていた。

 予報のとおりだ。

 一時間繰り下げだとすると、試験が終わるまであと一時間くらいと思って、愛は時間を気にしながら待った。

 外に出るのにいま着ている服では寒いけれど、朝に着た服では暑そうだ。めんどうなので制服に着替える。

 それで、試験が終わった時間を見て玄関のところまで下りて行った。

 優のことだから、最初に出てくるか、それとも混雑するのを嫌って最後のほうから出てくるかのどちらかだと思っていた。最初のほうにはいなかったので後のほうだと見当はつけていた。

 でも、あんなに元気のない姿で出てくるとは思ってもみなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る