第32話 チョコレートとコーヒー牛乳

 あいは朝から箕部みのべに行った。

 ゆうのためにチョコレートを買おうと思った。

 そんな計画はなかった。

 お父さん以外は女ばっかりの家なので、もともと家の中ではバレンタインには縁がない。でも、わざわざ受験に出てくる妹に甘いものを買ってあげるのもいいだろうと思った。

 そうなると、優だけにというのもよくない。優が家に帰ったときに気まずい思いをする。だから家族のぶんも買うことにした。

 ショッピングモールがまだ開いていなかったので、寒くて雪が降っているなか、琳瑯りんろうの公園まで行って戻ってきた。

 琳瑯湖は、「池」というには大きいけれど、「湖」というにはちょっと小さい。

 箕部の殿様のために造られた池だという。いざというときの防衛設備の役割も兼ねていたのかも知れないが、ふだんは眺めて楽しむか、せいぜい船遊びに使っていた程度だろう。

 その「湖」のまわりには石畳いしだたみの遊歩道が整備されている。「市民のいこいの場」という感じだ。

 琳瑯湖を一周すればちょうどショッピングモールが開く時間だと思って行ったのだが、その石畳にはもうかき氷のような雪が積もり始めていた。湖の湖面は凍っている。

 それを見ていると、ダウン入りのジャケットまで着ているのに、寒さがみてきた。

 あてもなくショッピングモールのほうに行くと、ペデストリアンデッキの横、「ガス灯の広場」というところに面したカフェだけ開いていたので、そこに入って温かいカフェオレを飲んで時間をつぶす。

 温かいカフェオレを飲んで、融けかけたかき氷のような雪が積もるペデストリアンデッキを見ていると、優といっしょに家にいたときのことを思い出す。

 家にいるときには、学校に行く前に、妹といっしょにお母さんが作ってくれたコーヒー牛乳を飲んだものだった。

 夏はぬるめに、冬は少し熱いと感じるくらいに温めて、お母さんはコーヒー牛乳を出してくれた。

 学校に行く前だったので、二人ともあまりしゃべらず、ただ向かい合って飲んだ。愛にとってはそのほうが心地がよかった。活発な優にしても、とろい姉にじゃまされずにその日の計画を考えられたのだから、やっぱりいい時間だっただろう。

 家では「カフェオレ」とは言わずに「コーヒー牛乳」と言っていた。カフェオレとコーヒー牛乳は厳密には違うのかもしれないけれど、いまの愛にとってはその違いはどうでもいい。

 カフェオレは計画外の出費だったけれど、寒いなか外にいるのはつらかった。朝ご飯をあり合わせのものですませたので、そこでこの出費の釣り合いは取れるだろう。

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