第26話 ふだんの自分、ふだんの妹
「ふだんのあんたはさ」
「まずわたしが寮の前に立ってるのに気づかないなんてことはないし、そして、呼びかけられたら、まずわたしをにらみ返すはずだよ。なんでそんなよけいなことをするんだ、って言うみたいに」
「ずいぶん失礼なこと言うじゃない?」
「ね?」
姉は得意そうだ。
「ふだんのあんたは、そんなふうに言い返したりしない」
「じゃあ、ふだんのわたしなら、どう言う?」
「なんでそんなことわかるわけ、って言う」
だめだ。
このにぶい姉に見すかされている。
優は、さっきの姉と同じように、大きく息をついた。
「そのとおりだよ」と言うのは省略する。
いまさら言ってもしかたがない。立場を変えてみればすぐにわかることだ。
去年は逆だった。いかにも元気なさそうに受験から帰ってきた姉が、ほんとうはできたという自信を抱いているのに優だけが気づいた。
だから具体的に説明した。
「国語がだめなのは、いつもどおり。むしろいつもよりできたって思ったよ。でも、数学がだめだったんだ。座標と図形の組み合わせでさ、しかもそれが立体図形の問題に続いてるんだ。立体、だめなんだよね、わたしって」
「そうかな?」
そののほほんとした答えに怒りが湧く。
だが、やっぱり、その怒りというのは、胸の途中あたりまで上がって、そのまま消えてしまった。
「でも、立体のときだって、わたしの成績に負けなかったよね?」
覚えていたのか。やっぱり……。
答える。
「それは別の問題でカバーしたからだよ」
もうよく覚えていないが、たぶんそうだっただろう。
「うん」
姉はうなずいた。
「それがいつものあんたのやり方。うまく行かなかったところはあきらめて、べつのところで挽回を狙う。でもさ、優が立体が苦手だからって、苦手だからまちがえたとは限らないんじゃない?」
「それがさ、愛の発想なんだよ」
言ってから、今度はすなおに「愛」と呼んだ、と思う。
愛も気づいたのだろう。こんどは力を抜いて軽く息をつき、笑った。優がつづける。
「愛は苦手な相手でも食いついていくもんね。そしてどこまでできたかを測るんだ。わたしは苦手な相手とは最初からぶつからない」
「そう?」
愛が言う。
優は反発する。なんでそんなこと知ってるんだ、と思う。
でも、愛の顔をにらみ返そうとしたら、それを予期したように愛は優の顔を見ていた。
怒っているようでもないけれど、機嫌を取ろうとするようすでもない。
愛は自分から目をはずした。
「でも、答案は書いたんでしょ? 最後まで」
「うん」
「じゃ、どうして自分の答えがまちがいだったって思ったわけ?」
「答がなんかへんな数になるんだもん。プラス、ルート19、とかさ」
「ルート19?」
愛は首を傾げた。これは、たぶん、それだけでまちがっているとは言えないのでは、などと考えているのだろう。
自分の答案にそんな数が出て来たら、この愛は、まちがえたと慌てるだろうに。
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