第26話 ふだんの自分、ふだんの妹

 「ふだんのあんたはさ」

 あいは言った。そこで間を持たすつもりか、氷水を一口飲む。

 「まずわたしが寮の前に立ってるのに気づかないなんてことはないし、そして、呼びかけられたら、まずわたしをにらみ返すはずだよ。なんでそんなよけいなことをするんだ、って言うみたいに」

 「ずいぶん失礼なこと言うじゃない?」

 ゆうも言って、同じように氷水を飲む。

 「ね?」

 姉は得意そうだ。

 「ふだんのあんたは、そんなふうに言い返したりしない」

 「じゃあ、ふだんのわたしなら、どう言う?」

 「なんでそんなことわかるわけ、って言う」

 だめだ。

 このにぶい姉に見すかされている。

 優は、さっきの姉と同じように、大きく息をついた。

 「そのとおりだよ」と言うのは省略する。

 いまさら言ってもしかたがない。立場を変えてみればすぐにわかることだ。

 去年は逆だった。いかにも元気なさそうに受験から帰ってきた姉が、ほんとうはできたという自信を抱いているのに優だけが気づいた。

 だから具体的に説明した。

 「国語がだめなのは、いつもどおり。むしろいつもよりできたって思ったよ。でも、数学がだめだったんだ。座標と図形の組み合わせでさ、しかもそれが立体図形の問題に続いてるんだ。立体、だめなんだよね、わたしって」

 「そうかな?」

 そののほほんとした答えに怒りが湧く。

 だが、やっぱり、その怒りというのは、胸の途中あたりまで上がって、そのまま消えてしまった。

 「でも、立体のときだって、わたしの成績に負けなかったよね?」

 覚えていたのか。やっぱり……。

 答える。

 「それは別の問題でカバーしたからだよ」

 もうよく覚えていないが、たぶんそうだっただろう。

 「うん」

 姉はうなずいた。

 「それがいつものあんたのやり方。うまく行かなかったところはあきらめて、べつのところで挽回を狙う。でもさ、優が立体が苦手だからって、苦手だからまちがえたとは限らないんじゃない?」

 「それがさ、愛の発想なんだよ」

 言ってから、今度はすなおに「愛」と呼んだ、と思う。

 愛も気づいたのだろう。こんどは力を抜いて軽く息をつき、笑った。優がつづける。

 「愛は苦手な相手でも食いついていくもんね。そしてどこまでできたかを測るんだ。わたしは苦手な相手とは最初からぶつからない」

 「そう?」

 愛が言う。

 優は反発する。なんでそんなこと知ってるんだ、と思う。

 でも、愛の顔をにらみ返そうとしたら、それを予期したように愛は優の顔を見ていた。

 怒っているようでもないけれど、機嫌を取ろうとするようすでもない。

 愛は自分から目をはずした。

 「でも、答案は書いたんでしょ? 最後まで」

 「うん」

 「じゃ、どうして自分の答えがまちがいだったって思ったわけ?」

 「答がなんかへんな数になるんだもん。プラス、ルート19、とかさ」

 「ルート19?」

 愛は首を傾げた。これは、たぶん、それだけでまちがっているとは言えないのでは、などと考えているのだろう。

 自分の答案にそんな数が出て来たら、この愛は、まちがえたと慌てるだろうに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る