第3章:橋場 樹理

第17話 また、やってしまった

 樹理じゅりが階段を一階まで下りてきたら、だれかが玄関を出て行くところだった。

 あ、と思う。

 出て行ったのはあいだった。

 やっぱり自分で雪かきしなければ気がすまないのか。

 でも、愛は、玄関を出た向こうで、空を見上げてからビニール傘を開いていた。いくら鈍くさい愛でも片手で傘をさしながら片手で雪かきをしたりはしないだろう。

 どこかに出かける気だろうか。

 雪の降る朝、しかも妹が受験に来るというのに。

 いや、その妹というのを迎えに行くのかも知れないな。

 愛の姿が玄関のガラス扉の向こうから見えなくなってから、樹理は自分の部屋に戻る。

 背中で扉を閉めて、把手に手をかけたまま両目を閉じる。

 また、やってしまった、と思う。

 「やっちゃったな」

と言いそうになって、声に出すとよけいに落ちこみそうだったので、やめた。

 把手から手を離して靴を脱ぎ、部屋に上がる。

 さっき、寮委員長の白川しらかわ桃子ももこ先輩に

「まだ寝てるんですか!」

と言ったのも、愛にはきかれたかも知れない。

 ノックしてしばらく待たされて、それでいらついていたのだ。

 それなのに

「うん。何?」

と、桃子さんはパジャマ姿のまま眠そうな顔で悪びれもしないでそうこたえた。

 「愛が、あ、つまり澄野さんが雪かきをしたいって、勝手に……」

 桃子さんの眠そうな丸顔には何の変化も見えない。このまま二度寝するつもりかも知れない。

 「……うん?」

 かなり遅れてきき返した桃子さんにむしょうに腹が立って、樹理は

「いや、いいです」

と言い残して、引き返してきたのだ。

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