第15話 雪かき

 着ていた薄手のベストを脱ぎ、分厚いセーターに着替えて部屋を出た。階段を下り、玄関から外に出てみる。

 冷たい空気があいの体をつつんだ。

 さわやかだと感じたのは最初の一瞬だけで、すぐに体の芯まで寒さがしみわたる。

 冷気に体をさらした頬が痛く、そのうち感覚がなくなってくる。

 胸の前に手を組んで、右手の手のひらで左手の甲をみ、続いて左手の手のひらで右手の甲を揉む。

 そうやって寒さをごまかしながら空を見る。濃い灰色の空から、無造作にちぎられたような雪が次々に降りてくる。

 道にももう雪が積もり始めていて、人の歩いた足跡が雪の上に残っている。下のほうは融けかけのかき氷のようになっているが、上のほうはふわふわの綿のような雪だ。

 外は部屋のなかで想像していたのよりずっと寒い。

 愛は早々に寮の中に引き上げた。

 寮の玄関でセーターについた雪を払おうと手をやってみると、手のひらが一面濡れた。

 「えっ?」

とその手を目のまえにかざしてみる。

 その手と目のあいだに、頭から、ぽた、ぽたと水滴が落ちてくる。

 今度は手で髪の毛を触り、上から押してみると、水がつづけてしたたり落ちた。

 そんなに長く外にいたはずはないのに、愛の服も髪の毛もじとっと濡れていた。

 くものは持っていないので、急いで部屋に戻る。戻って、大きなバスタオルで服の外側を拭き、つづいて頭をぐしゃぐしゃっと拭いて、ブラシで整えなおす。

 ドライヤーをかけようかと迷う。あの子ならば髪が短くて、髪質がすなおで、ドライヤーなんてかける必要がないのに、と思って、ふと気がついた。

 今日は入試の日だ。受験生たちがこの緩い坂を登ってくる。

 雪が積もっていたら、その坂で転ぶ子もいるだろう。

 あの子はそんなドジはやらないだろうと思うが、でもわからない。愛よりは運動神経はずっといいけど、雪道を歩き慣れているわけではない。

 まして、時間ぎりぎりになって駆けこんでくる子は、慌てて転んだりするかも知れない。転ぶだけならばいいが、学校の向かいの畑に転落したりするかも知れない。

 朝早く起きた、しかし勉強に身は入らない。

 だったら、やってくる受験生のために、この前の道だけでも雪かきをしておいたほうが親切だ。

 でも、雪かきなんてどうすればいいだろう?

 家では先が平らになった大きいスコップを使って雪かきをしたことがある。まだ小学生や中学生だったのでたいした働きはできなかったけれど。

 それより、小学校のころ、集めた雪で大きい雪だるまを造ったのが楽しい思い出だ。

 家に大きいまるい灰皿があった。ずっと昔、まだ愛やゆうが生まれる前に何かの景品でもらったらしい。だれも煙草を吸わないので使わないまま置いてあった。

 それを雪だるまの頭の上にのせて雪のカッパにした。

 このときはあの子もいっしょになってはしゃいでいた。カッパは、たしか四日ほどは、少しずつ小さくなりながらも融けずに残っていたと思う。

 今日も、雪かきをして、表に雪だるまを作っておいてあげたら、あの子は気がついてくれるだろうか。

 ところで雪かきをするには道具が必要だ。どこにあるだろう?

 寮の裏、食堂とお風呂を抜けて外に出たところに物置小屋がある。寮でクリスマスの飾りつけをやったときにツリー用のランプをその小屋から出していた。あの物置を探ってみれば雪かきスコップぐらいはあるのではないだろうか。

 でも、あの小屋の鍵はどこにあるだろう?

 ともかく行ってみようと部屋の外に出て、さっき、寮の外に出たら思ったより寒かったことを思い出し、まず着替えることにして部屋に戻る。

 行動を起こしてから足りないところに気づいて戻ってくるのには、ふだんだといらいらする。自分の要領の悪さがいやになる。

 でもいまはそれが気にならない。

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