第14話 雪のかけらが舞う朝

 目が覚めたのは朝の六時前だった。

 カーテンを開けると雪が降っていた。

 空はどんよりと曇っていて暗い。夜が明けたのかどうかもわからないくらいだ。生け垣のまきの木や下の薔薇にももう雪が積もっている。地面もうっすらと白くなり始めていた。

 空が暗くて、地面はいつもより明るい。

 あの子も、たぶんもう起きている。

 家のほうでももう雪は積もり始めているだろう。予定よりも早く家を出るために、あの子は用意を始めているころだろうか。

 いや、もう家を出たかもしれない。

 学校の中間試験や期末試験でも、五分前や十分前ではなく、三十分前に学校に行っているあの子のことだ。むだな努力はしない子だが、大きな行事のときには必ず早めに動こうとする。今日だって、八時か、もしかすると七時半には学校に着いていようとするだろう。

 ふだんならばこの時間に目が覚めてもまた寝るところだが、今日は起きることにした。

 あの子が起きているのに、自分が寝つづけるわけにはいかない。

 休みの日なので寮ではご飯を出してくれない。食パンをトースターで焼いて、りんごをむいて、それとコーヒー牛乳とで朝ご飯をすませる。

 「カフェオレ」というほどたいそうなものではない。濃いめのインスタントコーヒーにパックの牛乳を冷たいまま注ぐだけだ。それでちょうどいい温度になる。

 そういえば、家にいたときには、冬は、姉妹揃って学校に行く支度をしてから、温かいコーヒー牛乳を飲んでいっしょに家を出ることにしていた。小学校のころからそうだった。

 あの子はそれもいやだったんだろうな。

 あの子が明珠めいしゅ女学館じょがっかんを受けると決めたとき、愛は、駅まで迎えに行こうか、と言った。たぶん断るだろうな、と思っていたら、やっぱりすげなく断った。ほかの子と不公平になる、というのがその理由だった。

 門の前まで親に送ってもらう子もいるのだから、そんなことはないのに。

 ともかく、だから、いまあいにはやることがない。

 出ていた宿題は昨日やってしまった。

 数学の問題を解いておくことにする。

 数学で次のところを終わると三学期前半の復習のところに入る。そこがまるまる宿題になることはわかっているので、解ける問題はあらかじめ解いておきたい。

 数学は愛の得意科目ということになっている。満点を取れるときには満点を取るからだからが、ほんとうは苦手だ。気を抜けばまるでわからなくなってしまう。

 数学はまだいいが、理科はほんとうに苦手だ。いい成績がどうしても取れない。

 あの子は逆だ。

 理科は小学校のときから好きだった。化学実験も野外観察も大好きだった。

 小学生のころ、やすでやだんごむしをたくさんつかまえてきて愛の前に放して見せ、愛に悲鳴を上げさせたこともある。塩酸と水酸化ナトリウムで塩ができるというのが気に入ったらしく、そのことを何度も話し、では砂糖はどうやってできるのだろうと考えつづけた。結論は出なかったけれど。

 そのくせ、数学はというと、不得意ではないらしいのだが、少し見直せばわかるような不注意でときどき点を落とす。

 高校の数学も理科も中学校とはだいぶ感じが違う。あの子は高校の科目になじめるだろうか。高校でも同じ高い成績をキープできるだろうか。

 愛自身は中学校と同じくらいの成績を維持している。だったら、あの子ならばだいじょうぶだろう。

 ため息をつく。

 問題を解いていてもはかどらない。気がついてみたらあの子のことばかり考えている。

 愛は立ち上がって、窓の外を見た。

 大きな雪のかけらが左右に舞いながら落ちて行っている。目が覚めてすぐに見たときには雪が降っているかどうかもわからないくらいの細かい雪だったのに。

 空はあいかわらず暗い。庭も一面が白くなっている。

 どれくらい積もっているのだろう?

 外に出て確かめてみようと思った。

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