第7話 豊玉寮

 見ると、煉瓦れんがを積んで造ったように見える地味な建物があった。いまの世のなかで煉瓦造りというのもないだろうから、そういうデザインの壁なのだろうけど。

 見覚えがあった。

 あのひとが見せてくれた写真がこんなのだった。学校案内の写真にも出ていた。

 でも……?

 「ここ?」

 これが、豊玉とよたまりょうらしい。

 写真では大きい立派な建物に見えた。でも、実際に見ると、アパートをちょっと大きくしたような建物だ。

 目立たない。もっと言うとみすぼらしい。

 あのひとはここで暮らしている。

 今日は学校は入試なのだから、生徒たちはお休みのはずだ。寮に住んでいる生徒は今日は寮にいるだろう。

 だから、あのひとも、いまこのなかにいる。

 あのひとは、いまゆうのいるところから百メートルもないところにいるのだ。

 寮の前、そのパスタハウスに近いほうの角では、二人の女子が、地味な色のコートを着て、毛糸の帽子をかぶり、マフラーをし、毛糸の手袋をし、長靴をはいて、大きいスコップで雪をすくってはねこぐるまにのせていた。

 顔はよくわからないが、あのひとではない。

 あのひとのことだから、駅に迎えに行くのを断られても、寮の前に出て妹が来るのを待っているのではないかと優は考えていた。そんなことをされたらやっぱりうっとうしい。でも、待っていなかったとしたら、それはそれでもの足りない。

 そして、あのひとは待っていなかった。

 寮の前で妹を待っていたりしたら、あまり効果が上がっているとは思えない雪かきの作業をしている寮生に悪いと思ったのか。それとも、試験が一時間繰り下げになったので、妹が来る時間も一時間遅くなったと思っているのか。

 どちらにしても、あのひとが

「寒いから、迎えに出るのはやめる」

という考えかたをしないことだけは、たしかだ。

 ゆうは豊玉寮の前で立ち止まった。

 優もこの学校に合格したらこの寮に入るつもりだ。

 試験が始まるまでまだ一時間以上ある。だから寮を少し見ておいてもいいと思う。

 畑と反対側の隣には、壁を焦げ茶色と白に交互に塗ったビルがある。

 壁に傾斜がついていて、傾斜の上にベランダがある。ベランダは部屋ごとについているようで、隣の部屋とはつながっていない。

 台形の積み木をごちゃごちゃと積み上げたような感じのビルだ。大きさは明珠女の寮よりちょっと大きいくらいだけれど、このビルのほうがずっと堂々としていて、立派に見えた。

 その隣のビルの手前までは明珠めいしゅじょの寮の領分らしく、寮の壁と同じ、茶色の煉瓦を積んで造ったように見える塀が続いている。

 塀に入り口がついていた。扉が開いている。

 重々しい両開きの鉄の扉だった。

 ここから寮の裏に入れるのだろうか。

 扉には「開放厳禁 明珠女学館」と書いたプレートが貼ってある。

 あたりまえだ。女子寮の裏に入る扉なのだから。

 もしかすると、さっきの雪かきの寮生たちが開けて、そのままにしているのかも知れない。

 優は考えた。

 ここには「開放厳禁」と書いてあるだけで、「立ち入り禁止」とは書いていない。

 あのひとの住んでいるのはどんなところだろう?

 ここから忍びこんで見てやろう。

 もし見つかったら、姉がここにいるはずなので、と言いわけすればいい。

 「お姉ちゃんが暮らしているところを見て、ここの学校での生活のイメージを作って、それで受験のプレッシャーに立ち向かう元気をもらおうと思いました」

と言ったら、それを言われた人はどう答えるだろう?

 せいぜい、

「だったら玄関から入りなさい」

と言うだけだろう。

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