二月の雪
第1章:澄野 優
第4話 入試の日
入試の日に雪が降った。
お母さんは、わざわざこんな日に雪が降らなくても、と嘆いた。
前の日は、雪が降っていないどころか、晴れていた。お母さんは
「今日じゅうにお姉ちゃんのところに行って、泊まったら?」
と何度も言った。
あのひとにはあらかじめ連絡済みなのだろう。
あのひと、とは、
優は
それは、受験の前の夜を、あのひとといっしょに過ごすのもおもしろいだろう。
あのひとが何を言うかも、きいてみたい。
きっと、いろんな取り越し苦労の、実際には役に立たない忠告を、いろいろしてくれるんだろうな。
けれども、
自分自身はけっしてそういうことはしないのに。
そうでなくても、寮から学校の門までは一分もかからないという。学校の門を入ってから教室までのほうが時間がかかるくらいだというのだから、この寮に泊まるのなら試験開始の直前まで寝ていたっていいのだ。ほかの受験者は、何時間か前に起きて、時間をかけて会場まで来るのに。
そういうのはフェアじゃない。ほかにもやっている子はいるかも知れないが、優はいやだ。
泊まるとせっかくの前の晩に勉強の見直しができなくなるから、と断った。こう言えば、お母さんも無理にとは言えなくなると思ったからだ。
ほんとうは、試験の前の夜に勉強する気なんかまったくなかった。
明珠女学館第一高校は、優の実力からすれば十分に合格圏内だ。それに、明珠女一高が第一志望だけれど、もし落ちたら落ちたで別の高校を受け直せばいい。
雪が降ったからといって試験問題が難しくなるわけではない。電車が動かなくなったり大幅に遅れたりするとどうにもしようがなくなるけれど、一時間くらいの遅れならば学校は試験の開始時間を遅らせてくれる。
もともと受験生集合時刻の一時間以上前に学校に着く予定だ。気にしてもしようがないと思って早めに寝て、すぐに寝ついてしまった。
そして、朝起きてみると、天気予報のとおり、雪が降っていた。
降っているのは、細くて短い針のような雪だった。ふっと息を吹きかけたら消えてしまいそうな雪だけれど、それがもう積もっていた。庭の木はふんわり分厚い毛布をかけたようになっていて、地面にも雪が積もり始めていた。
いつもより一時間早く、まだ外が暗いうちに起き、顔を洗ってご飯を食べる。
優はこういうことが時間どおりできる。
ご飯を食べながら見た天気予報は、今日昼過ぎまで雪が続き、夕方になって雲が切れるところがあるだろうと言っていた。
お母さんは、晴れるのが半日早ければ、とまだこだわっている。お父さんは、いつもは当たらない天気予報が、こういうときだけ当たると繰り返している。
ずっと黙ってきいていたおばあちゃんは、ちゃんと勉強しているならお天気なんか関係なくだいじょうぶだよと言ってくれた。
お父さんと、お母さんと、おばあちゃんと、優と。その四人で朝ご飯の食卓を囲むのも、もう少しのはずだ。
もし優が今日の試験に合格すれば。
まだ夜明け前だし、雪も降っている。外は暗く、朝ご飯の天井の照明が明るく感じる朝だった。
こんな日は家族でいるのが暖かい。この日の朝は一生忘れないだろうと優は思った。
「一生」なんて長すぎて、優にはまだよくわからないけれど。
支度して、家を出る前に温かいコーヒー牛乳を飲んで、家を出る。
駅まで自転車が使えないので、バスの時間を見て、予定より早めに家を出た。
お母さんは「忘れものはない?」を繰り返したあと、
「気をつけて。がんばってきなさい」
と送り出してくれた。
朝、こうやって温かいコーヒー牛乳を飲んで送り出してもらうという生活も、やっぱりもうすぐ終わる。
今日の試験に合格すれば、だけれど。
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