第3話 もうすぐ入学試験

 ここの明珠めいしゅ女学館じょがっかん第一高校は、毎年三月、箕部みのべの街の公園の一部を借り切って観梅かんばいかいという催しをやるらしい。

 箕部はここから三十分ぐらいかかるけれど、県央けんおうの中心で、このあたりでいちばんにぎやかな街だ。

 千枝美ちえみは高校から編入の一年生なので、まだこの観梅会を体験したことがない。

 「ひな祭りっていうと桃の節句なのに、どうして梅祭りがおひなさまなんですか?」

 とりあえず理屈を並べる。

 「それはみんな思ってるけど、みんな言わない約束だと思ってるよ」

 ミカンの皮をむき終わった桃子ももこさんは、こんどはみかんの表面の白い筋を取っている。

 「桃の節句って言っても、桃がまだ咲かないんだからしようがないじゃない? でも梅はまっ盛り。季節的に三月初めで、ひな祭りシーズンなんだしさ」

 桃子さんも理屈で返してきた。けだるそうにつけ足す。

 「それに文化祭とかより古いのよ。戦前からやってるんだから」

 桃子さんはみかんをひと袋口に入れた。

 千枝美はおまんじゅうに手を伸ばす。

 「歴史長いんですね、ここ」

 「まあね」

 桃子さんの顔を斜め横から見ていると、みかんのなかみをちゅーちゅーちゅーと吸っているようすが見える。

 赤い頬で、赤い厚手のシャツを着て、その少女がのどまで動かしてみかんを吸っている様子が、端正で、きれいだ。映画とかで演技をつけても、こんなきれいなところは撮れないんじゃないかな。

 みかんをひと袋食べ終わって、桃子さんは背を丸めたまま顔を上げた。

 「大正時代にできた高等女学校っていうのがもとになって、それが大学といまの中学・高校に分離したわけだからね。この寮だって、なかはいろいろ造り替えてるけど、建物そのものは戦前の建物だよ」

 戦前と言われても、どうにもピンとこない。

 「どれぐらい古いんですか?」

 「関東大震災のあとに、どんな地震にでも耐えられる建物を造ろう、って建てたわけだから、まあ、九十年とかじゃない? もうすぐ百年」

 関東大震災は、たしか、一九二三年だから……。

 そんなものか。

 「そんな古い建物に自分が住んでるなんて、なんかわくわくしますねっ」

 千枝美はおまんじゅうをがぶっとかじる。桃子さんは、みかんの袋を手に持ったまま、顔を上げて、千枝美の顔を見た。

 「いまどきの若い乙女が何を言ってるんだか」

 桃子さんはあきれたように言ったけど、それはわざとだ。笑いそうになっているのがわかる。千枝美は先回りして口を閉じたままふふんと笑った。

 口の中にはおまんじゅうが入ったままだから。

 「おかげで維持費はかかるし、入寮者は減るしで、たいへんなのよ。学校の偉いひとは寮をなくしたがってるけど、なくしたらなくしたで、遠くの子が来なくなっちゃうしね」

 桃子さんはそう言って、またみかんを口に入れる。

 しばらく無言のときが続く。

 寮委員長ってことは、そういう学校の内幕みたいなことも知る立場なんだな、と思う。

 言う。

 「いまだって、遠くの子なんか来ないじゃないですか? いま、ここに住んでる子で、ほんとに通えないくらい遠くに家がある子って……」

 そんなにはいない。千枝美の家だって、たしかにここから二時間はかかるけど、通えない距離ではない。

 一時間でも家と往復する時間が惜しい、勉強ばっかりしたい子と、朝練のある卓球部と、共同制作とかがあって集まる場所が欲しい美術部の子と。

 ここにいるのはそんな感じの子ばっかりだ。

 「いや。だから、受験生よ、受験生」

 桃子さんが軽く笑って答えた。

 「受験料の収入っていうのが学校にとってはけっこう大きくて。ここって、高校の編入は、いまでも倍率十倍とかでしょ? ということは、入学する子の九倍の子が、受験料だけ学校に落として行ってくれるわけよ」

 「なるほど」

 そういう仕組みになってるのか、と思う。

 桃子さんが、ふと、みかんを口に運ぶ手を止め、斜め上に目を向けて、言った。

 「四月からまた新しい子たちが入ってくるのかぁ……この寮にも」

 その入学試験はもうすぐだ。中学校の入試も、高校の編入のための入試も。

 感慨深くため息でもつこうかと思った千枝美の息が、ふと、止まる。

 四月から寮に入ってくる子がいるとしたら?

 最初に出会う寮委員長が樹理じゅりだ。

 あのやたらと規則にうるさくて杓子しゃくし定規で、ついでに癇癪かんしゃく持ちの樹理だ。

 それって……。

 だいじょうぶなんだろうか?

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