第2話 桃子さん
「うん、おはよう」
「遠慮なく」とも言われていないけれど、
桃子さんは寮委員長だ。
寮委員長は、最終学年の三年生を除いて、いちばん長くこの寮に住んでいる生徒のうち、いちばん成績のいい者を学校が指名する。
つまり、桃子さんは寮生の二年生のなかで最優等生なのだ。でもぜんぜんその優等生らしさというのがない。
いまだって、ベッドの上はぐじゃぐじゃで、枕にはへこんだ
思ったとおりだ。
「また寝てたんですか?」
なまいきに言って、千枝美は床に敷いてある大きいマットにぺたんと腰を下ろす。
桃子さんは、窓側に立てかけてあった床置き用のテーブルを持って来て、マットの上にでんと置く。
ペットボトル入りのジュースとみかんとおまんじゅうが出てくる。
ジュースとおまんじゅうは、駅の横のドラッグストアでコンビニより安く売っているものだけれど、まあ、高校生の独り暮らしでぜいたくは言えない。
「昨日さ」
冷蔵庫の上からコップとお皿を運びながら、桃子さんは答えた。
「おひなさまのプログラム作りでさ、寝たの四時とかなんだからしようがないじゃない」
言って、どん、と、千枝美の斜め前に腰を下ろす。
桃子さんはちょっとぽっちゃりしているので、座ったときの衝撃はそれなりに大きい。
一・五リットルのペットボトルのふたをくるくるくるっと開け、千枝美のコップにとぽとぽと注いでくれる。
ちょっとピンクで、おおかた白い。何のジュースだろう。
いままで寝ていたにしてはすばやい動きで、自分のコップにもジュースを注ぎ、そのままくいくいっと半分ぐらい飲んでしまう。
ふうっ、と、鼻から息を漏らす。
千枝美が忠告する。
「
「樹理は用事がないかぎり来ないよ、ここには」
桃子さんはうるさそうに言うと、ジュースでもおまんじゅうでもなく、みかんに手を伸ばして、背を丸めて皮をむき始める。
樹理というのは、
いまは寮委員会の副委員長で、四月からは二年生になって、寮委員長になることが決まっている。三学期でよほどひどい成績を取らないかぎり、だが、そんなことはあり得ない。
絶対に。
もともとまじめな子だったが、一年生の途中からやたらと規則にうるさくなり、規則違反を見つけると三年生が相手でも容赦しなくなった。
千枝美が門限に五分ぐらい遅れたからといって締め出したのもこの子だ。
「用事があったら、来るんじゃないですか」
混ぜっ返して、出してもらったジュースを飲む。
うわっ。甘っ。
ほんのりついている味と香りは桃のものらしい。
さすが桃子さん。桃が好き。
桃子さんは答えないで、黙ってみかんをむいている。
桃というと……。
「おひなさまって、
「うん」
当然のことのように桃子さんは小さくうなずく。
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