明珠女学館第一高校春物語

清瀬 六朗

プロムナード

第1話 明珠女学館の基礎知識

 明珠めいしゅ女学館じょがっかんは、海岸線に面した小さな都市泉ヶ原いずみがはらにある。

 鉄道の駅の西側のゆるやかな斜面に明珠女学館の敷地は広がる。

 この広い敷地に、中高一貫の明珠女学館第一中学校・第一高等学校と明珠女学館大学とが集まっている。

 第一中学校と第一高校は一貫校だが、高校から編入する生徒も多い。


 敷地は駅に隣り合っているのに、学校に入るまで少し歩かなければならない。

 駅から学校に行くには、いちど東の海岸側に出て、線路をまたぐ跨線橋こせんきょうを渡り、しばらくゆるい坂を登らなければならない。駅の改札口が海岸側にしかないからだ。

 だから、毎朝「遅刻遅刻ぅーっ!」とかで走らないといけない生徒は要注意だ。

 その駅からの道の途中、校門の斜め向かいに、明珠女学館第一高校の豊玉とよたまりょうがあった。


 立春は過ぎたけどまだまだ寒い日曜日の朝、ただし朝遅く……。

 豊玉寮一階に住む一年生の掃部かもり千枝美ちえみは、三階の白川しらかわ桃子ももこさんの部屋の扉をたたいた。

 別に用があるわけではない。

 週に一回、いや、二週に一回ぐらいかな。ひまなときには、桃子さんのところに行っておしゃべりする。それが千枝美の「日課」になっていた。

 日々やることではない。学校が休みの日に限られるし、一週間に一回ぐらいだから、正確には「日課」ではないけど。

 そんなのはどうでもいい。


 寮委員長、白川桃子さん。

 「あこがれの委員長」と言っていいのかどうかというと、「あこがれ」というほどではないけど、寮生には信頼されている。

 何か相談すると、親身になって相談に乗ってくれて、必要ならば、学校の先生とか事務のどこかとか、学校外のどこかとかと話をつないでくれる。

 「すごい美人」というほどではないけど、桃子さんを含む何人かで集まっていたら最初に桃子さんに目が行く、というくらいには目立つ。

 だから、寮生は、機会があれば桃子さんと「お近づき」になりたいと思っている。

 二階の澄野すみのあいは、桃子さんに取り入ろうとご機嫌取りしていると噂を立てられた。

 でも、愛はきちんとした子だから、桃子さんに気に入ってもらうためにご機嫌取りなんかしない。ご機嫌取りをしなくても、愛は桃子さんから愛される。

 愛のそういうところをわかってない子が、そんなことを言うのだ。

 愛が優等生だから。

 それをねたんだ子が。

 それにくらべると、門限破りで締め出しを食った千枝美なんかだれもマークしていない。

 千枝美が桃子さんの部屋を訪ねても、桃子さんに取り入ろうとしているなんてだれも思わない。

 成績がよくて品行方正な桃子さんが千枝美なんか相手にするはずがない。

 もし千枝美が桃子さんの部屋に行ったとしたら、また何かやって始末書でも書くように言われて、その始末書を持って行っているに違いない。

 それでこれではだめですと突っ返される。

 ああ、出来の悪い掃部千枝美!

 愛を妬むような寮生の考えることというのは、どうせそんなことだろう。

 まあ、そういうことも、なかったわけじゃないけど……。

 でも、桃子さんに取り入ろうとしていると思われるのと較べると、ずっと気楽だ。


 しばらく待たないといけないかな、と思ったけれど、わりとすぐに扉は開いた。

 まん丸い、血色のいい顔に、まばらに前髪を垂らしている。それはいつもの髪型だけど、耳のあたりから後ろはほちけた長い髪や短い髪があちこちに飛び出している。

 寝ていたらしい。

 服は着替えているから、二度寝か、目は覚ましたままベッドに横になっていたかだろう。

 やっぱり……。

 「おはようございまーす」

 わざとらしく、元気に声をかけ、笑って見せる。

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