ひび割れは治らない

高校二年生になってから私の人生を散々めちゃくちゃにした奴が入学してきてから私は「終わった。」と思った。

奴、それは私の元彼である。

中学の時に散々都合良く使われ、傷つけられ、別れた男だった。

しかし奴は浮気はしたことは無いから一応誠実な人だった。

浮気はせずに別れてから付き合うという計算高い思考をしていた。それは私にも分かる。

奴は傷つくと分かっていてわざとやっている一番タチの悪い人間であった。

類は友を呼ぶということわざがあるが、私もあんな感じに見えているのだろうかとふと考えるとゾッとする。

奴よりマシだと信じたい。

一応後輩なので、何事も無かったかのように挨拶を交わして、一緒に登校はしていた。

しかしその直後告白をされ、私にはもう新しい彼氏がいたので断ったら嫌味や、ない悪い噂を言いふらされる始末であった。

私は周囲からの人望が厚かったので先生達は私がそんなことをしないと知っていたし、信じてくれていた。

だから奴が大袈裟に騒いで母親を呼んだ時、私とは卒業するまで関わらないことになり、その時も「貴方がそういうことをする人では無いことは知っているけど、彼には近づかないでね。いい?」と言われ、元々近づきたくなかったので、「はい。」と即承諾した。

それからも彼は私の悪い噂や、私の付き合っている人の悪い噂(嘘)を流し続けていたが、信じてくれる人は誰もいない始末である。

私も彼も信頼は厚い方なので、そんなの効くはずなく、彼の味方は誰一人いなくなってしまった。

前は私もいたが、そんな私もいなくなったので、彼は諦めるかのように次第に嫌味を言ったり、ありもしない噂話を流すこともなくなった。

二年生の時の体育祭の時、友人が付き合っていた彼と別れ、その直後に付き合った別の男が体育祭に来ていた。

私は友人に、「ねぇ、あんたの元彼来てるよ。」と言うと彼女は怯えたような表情をして、逃げた。

「どうしたんだろう?」と思ったが、その後聞いたことだが、彼女は彼にDVをされ、背中がアザまみれで、大変な思いをしていたらしい。

彼女のおばあちゃんはとても厳しそうだけど、とても良い人だった。

私の育て親とは違って、孫が虐めを受けた時、ちゃんと証拠を集めて、学校に突きつけたらしい。

その虐めはLINEで行われていたので、もちろん彼女から何も相談されていない私は知る由もない事実に驚きを隠せずにいた。

私も私でDVを受けたりして保健室で、湿布を貼ってもらうほど背中が赤く腫れていた時があった。

あまりの力の強さに思わず泣き出してしまうほどだった。

その彼は顔はイケメンだったが、性格はウ〇コみたいな性格をしていて、とことん「クズだなぁ。」と思うことが多々あった。

別れてからも執着心が強く、彼もまた、ストーカー行為を繰り返していた。

手紙を渡された時もあった。

最初は誰も信じることもなかったけど、つい私の男友達に渡したであろう手紙を男友達が落とし、それを拾った先生が読んだらしく、私の言っていた言葉が嘘じゃなかったことをようやく信じて貰えたのだった。

信じて貰えるまで、一年も掛かったのだった。

それ以降私は彼のストーカー行為はまだ終わらなかったので、友人とグループで帰ったり、先輩と帰ったりしていた。

私は元彼から「君、顔はいいのに性格が最悪だね。」と言われた。

「お前に言われたくねぇよ。」とは思っていた。

「ああそう、じゃあ別れる?」と言うと殴られる始末である。

「えぇー。理不尽…。」と思った。

彼がブスだったら絶対に相手にしていなかったと思う。

まぁ一応六ヶ月続いて、私の束縛にも耐え抜いて、デート六回はしてくれたから良い彼氏ではあったのかもしれない。

私も私でダメな奴だなーと自分自身でも思うことがあった。

そしてこの頃私は音楽家の小説を読めば何か分かることがあるかもしれない。

他の方法が見つかるかもしれないとひらめき、すぐさま図書館に向かって自転車を走らせていた。

こんな時でも音楽のことしか考えていない音楽頭脳である。

大学には行けない、それは分かりきっていたことだった。

それでも他の道でも音楽を学べる道はあるかもしれないと思った。

そして私は運命的な出会いを果たした。

音楽家の「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」の小説を目にした時、彼の小説がキラキラ輝いているような感じがした。

私はすぐさま彼の小説を手に取り、彼の物語を読み始めて気づいたことがあった。

そうだ、私は自由になりたかったんだ。

鎖に縛り付けられたような感情を解き放ちたいんだ。

それはきっと、悲しみであり、寂しさであり、怒りだ。

その負の感情を分かって欲しいんだ。

「音楽」という形で私はそれを伝えたかったんだと気づいた。

私の育て親は毒親だった。

自由なんて許されないことだった。

虐待や体罰は当たり前だった。

そんな日々がいつまでも続いた児童養護施設で過ごした十六年間は悲惨であった。

でもきっと得られたものも多くあると信じたかった。

私は自分の意思で、自分の人生を歩みたいと思ったのだった。

それから私は限界を迎え、ついに制服を破いた。学校に行くのが嫌になった。

「貴方はできるでしょ。」そればっかり。

私だって人間なのに、誰も分かってくれない。その事に嫌気が差した。

私だって、悲しむことはあるし、怒っている。凄く凄く怒っている。

いつも怒っている。

どうして、個性があって何が悪いんだ。

個性的で何が悪いんだ。

どうしてこの国は個性的な者を責めるんだ。

個性的な人の気持ちの何が分かる。

彼らだって好きで孤独を選んでいる訳じゃない。

理解してくれる者がいないと知っているから諦めているんだ。私の場合はそうだ。

変わり者だ。でも一人でいる理由は、誰も理解してくれないことを知っているからだ。

誰かに理解してもらおうと務めないのは、理解されるわけないと分かっているからだ。

だからか、私は彼を調べたくなった。

彼の研究をしてみたいと思うようになった。

それからだった私の人生の歯車は大きく動き出した。


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