第17話 見回り依頼
傭兵組合のシード等級の依頼は、そこまで危険なものはない。
昨日傭兵組合の人に仕事の内容を聞いたが、シード、スプラウト等級は派遣業に近い。アルブ市を取り囲む市壁内側の補修作業の手伝いや市壁外側の補修作業の警備、近くの森への木の切り出しや運搬などもおこなっている。傭兵というよりなんでも屋みたいな雰囲気だ。
今回俺は市壁外周の見回り依頼を受けた。
見回り依頼は時間がかかるわりに報酬は多くなく、しかし町の外に出るため装備はしっかり整えないといけないので荷物がかさばって疲れる。
組合の人曰く、依頼が残りがちになるらしい。おかげで組合からの評価が上がりやすい。
俺としては評価はそこまで気にしてなくて、カーラちゃんの体力作りをメインに考えていた。
戦闘訓練ももちろん大事だが、荷物を背負って移動できるだけのスタミナも当然必要になる。体力作りは急務だった。
「はぁっ、はぁっ……っ」
「……カーラちゃん、大丈夫?」
「っ……はぁっ、だい、じょうぶ……」
カーラちゃんの持ち物は短剣と腰袋だけというかなりの軽装。歩く速度も控えめにしているが、それでもカーラちゃんはすでにつらそうにしていた。
俺とは歩幅も体力も違うから仕方ない。獣人兵士と女の子を比べるのがそもそも間違いだ。
とりあえず依頼の見回り、市壁の損傷具合や森の様子の確認は俺がやって、カーラちゃんにはついてくることだけに専念してもらおう。
「限界だと思ったら言ってくれていいからな? 初日からやりすぎてもどうかと思うし」
「はぁ、はぁっ……。んっ、ありがと……がんばるっ……」
「そ、そう……。なら、いいけども」
「アキトさんは……それ、に……にもつ……」
「ゆっくり歩こうな」
「う、うん……ありがと……」
「はい、これ飲んで。一旦呼吸整えよう」
歩くペースをカーラちゃんに合わせ、ショルダーバッグから水の入ったペットボトルを取り出して渡す。今日の朝に早速ストレージから取り出したADZの飲食用アイテムだ。
受け取ったカーラちゃんは首を傾げた。
「……なにこれ? 中に水が入ってる……」
「あ、ごめん」
一度返してもらってキャップを外してもう一度渡した。自然に取り出しちゃったけど、ペットボトルなんて初めて見るんだからわからないよな。
「変わった水筒って感じなのかな……んっ、んっ! おいしい水!」
「あははっ、そうか。よかったよ」
「アキトさんは荷物どれくらい持ってるの?」
「ああ、さっき訊こうとしたことってそれ? 合わせて十キロちょっとくらい」
「じゅ、十キロ……」
「前いたとこだと四十キロ背負いながら戦ってたこともあるし、今日は全然軽いほうだ」
「えっ……それで走ったりするの?」
「走るし
「そう、なんだ……」
カーラちゃんは消え入るような声で呟いた。
復讐したいという気持ちはある。でも体が気持ちについてこないのがもどかしいんだろう。
自信があった弓を使えなかったことや、見回りについていく体力がないことも重なってメンタルに影を落としている。
「どうする? 復讐、諦めるか?」
「っ……いやだ。諦めたくないっ……」
弱気になっているし、もしかしたら諦めるかもしれないと思ったが、それでもカーラちゃんは意志を曲げなかった。
カーラちゃんは荷物も少ないし、外壁や森のチェックもしてなくて、ただついてきているだけなのにへろへろになっている体たらくだが、それでも俺に『止まって』とか『休もう』などとは一度も言ってこなかった。
復讐するという決意は固い。瞳の奥の暗い火はまだ消えていなかった。
「そうか。それならがんばらなくちゃな」
これからもっとつらくて苦しい訓練が待っているとわかっていても諦めたくないと言うのなら、俺は協力しよう。
「っ……うん、がんばるっ……。でもあたし、どう戦ったらいいのかな……。弓はだめだったし、短剣で戦えるようにするしかないのかな……」
「んー……もちろん短剣を使った近接戦闘も訓練はするけど、今のカーラちゃんは腕力も体力も不安だしなぁ。短剣の交戦距離にまで近づくのも恐怖心があるだろうし、俺も心配だしな……」
「うぅ……ごめんなさい。あたし、もうちょっとなにかできるかと思ってた……」
「諦める?」
「諦めないっ」
「あははっ。うん、それでいい。最初から強い人なんていないんだ。ゆっくり力をつけるしかない。体力作りは継続するとして、でもメインの武器がないと困るのはたしかだからなぁ……。俺がいたところの武器を取り出せるようになったから、銃を……マジックアイテム貸すわ」
ストレージ内の物資の量や女の子でも握れるようなものなどを
安全最優先で言えば、銃本体も弾薬もゆとりがあるわけだしサブマシンガンでもいいが、銃だけが強いというのは本人の成長に悪影響がありそうだ。銃という武器がどういうものか教えるためにも、まずはピストルから貸そう。
「マジックアイテムを?! そんな簡単に人に貸すものじゃないよっ!」
「ああ、それは俺も思ってる。容易に人を傷つけられる危険なものだし」
「そういう意味じゃないっ! マジックアイテムっていうのは、アキトさんが思ってるよりずっと貴重なの! そんな貴重なものを他人にほいほい貸しちゃだめってことをっ……」
「他人じゃなくてカーラちゃんだし」
「んむっ……」
「もちろん俺だって信用できない奴に貸すつもりはねぇよ。持ち逃げされたら一応困るし」
「一応なんだ……。ていうか、それだとあたしのことは信用してる、みたいな……」
「信用してるよ。俺があんだけ脅したのに怖がらずに、復讐するって言い切った。それだけの覚悟があるなら俺も手伝おうって思ったんだ。これで仮にカーラちゃんに持ち逃げされたとしても、それならそれで仕方がない。俺に見る目がなかったってだけだ」
「っ……見る目がなかっただなんて、思わせないから」
切れ長の瞳でカーラちゃんは俺をじっと
「はっは! 期待してるよ。さて、それじゃ見回りの続きをしようか。水、もう飲んだか?」
「うんっ! あ、でも、ごめんなさい……。おいしくて、たくさん飲んじゃってあんまり残って……」
カーラちゃんから返してもらった水を確認する。五〇〇ミリリットルのペットボトルの残り五分の一といったところだろうか。
「気にしなくていいぞ。にしても、中途半端に残すのもあれだな……。飲みきっちまうか」
ADZでは水分ゲージやカロリーゲージなどは数値として可視化されていたが、現実となった今では見て確認ができない。こまめに飲んでおいたほうがいいだろう。水分補給は喉が渇く前に、とも言うし。
「あっ……」
「え? まだ飲みたかった? 町に戻ってからならまた渡せるけど……」
「いや……そうじゃ、なくて……」
ペットボトルの飲み口を凝視して、カーラちゃんは顔を赤らめながら言い淀む。
もしかして、間接キスがどうのとかって話か。ティーンエイジャーかよ。いやティーンエイジャーだったわ。傭兵登録の時に十五歳って言ってたし。
でも、間接キスを気にするのって日本人くらいだって聞いたんだけど。これもアイラ氏が広めた文化なのか。
「…………」
「っ…………」
妙に気まずい空気が流れた。
そのどぎまぎした空気を吹き飛ばすかのように、俺の手の中で異変が起きた。空になったペットボトルが光の粒子になって消えたのだ。
「うおっ……」
「ひゃっ! え?! 消えたっ!」
思い起こせば、アルたちを森の道で助けた時に
もしかしたらこの世界にとっての異物であるADZのアイテムは、役目を果たすと光の粒子になって消えるのかもしれない。ゴミの分別はどうしようか悩んでたから、消えてくれるのは都合がよかった。
ついでに妙な雰囲気を取っ払ってくれたのも非常に助かった。
「つ、使い終わったらこうして消えるようになってるんだよ」
「そ、そうなんだ……」
「…………たぶん。じゃ、今度こそ行こうか。いつまで経っても依頼が終わらないからな」
「うん。あ、そうだ。訓練にならないから、あたしに合わせないでね。アキトさんのペースで歩いていいから」
「ははっ、どこまで体力持つんだろうな」
「絶対についていって見せるからっ!」
威勢のいいことを言っていたカーラちゃんだが、見回りが終わった頃には汗だくになり、生まれたての仔鹿みたいに足をぷるぷるさせていた。
できれば筋トレがてらもう一つ依頼をやりたかったし依頼を終えたあとは俺の読み書きの勉強もしたかったが、今日のカーラちゃんはここで電池切れだった。
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