第16話 「武器屋さん」

 翌朝。宿屋の店主にお湯を用意してもらって軽く湯浴みして朝ごはんをお腹に入れてカーラちゃんの家へ向かった。


「…………」


 扉の前で一度深呼吸する。


 カーラちゃんに一日じっくり考えて、なんて言っておいて、俺が考えをまとめられていない。感情が迷子だ。


 危ない仕事をしてほしくないと思いながら、復讐を果たしてほしいとも思ってしまう。


 どっちが建前でどっちが本心なのか、自分でもわからない。カーラちゃんに会って答えを聞くのが少し怖い。


 意を決してノックしようと手を持ち上げて、扉が開いた。


「あ、アキトさん……だよね?」


 すごいタイミングで扉を開いたカーラちゃんは、俺を見て戸惑っていた。


 戦う時は前髪が邪魔にならないようにオールバックになっていたのだ。今は下ろしているから印象が違って見えたのだろう。


「そうだけど……いや、それよりも……」


「おはよう。あたし、決めたよ」


 カーラちゃんは俺を見て戸惑っていたが、俺もカーラちゃんを見て驚いた。


「お、おはよう……じゃなくて! 髪……切ったの?」


「うん。長くて邪魔になりそうだしね」


 三つ編みに結っても肩甲骨あたりまであった髪がばっさりと切られ、肩に届くかどうかくらいの長さになっていた。


 俺の髪型の違いなんて話にならない。


「覚悟を決めた……ってことでいいのか?」


「そういうこと。あたしの本気、わかってくれた?」


 カーラちゃんは勝気に笑みを浮かべて俺を見上げた。


「……ああ。よくわかったよ」


 どっちつかずだった俺よりも、カーラちゃんのほうがよほど決心がついていた。


 お兄さんの仇を取る、復讐の道。


 それがカーラちゃんの幸せに繋がっているかはわからないし、何が起こるかわからないいばらの道だけど、少なくとも危険の度合いを俺が下げることはできる。


 俺は俺のできることをしながら、カーラちゃんがどういう結末を辿るのか隣で見届けよう。


「これからよろしくね、アキトさん。それで、まずなにするの?」


 いろいろ悩んでいたが、いざ決まってしまえば心が楽になった。視界が開けた気分だ。


「……よし。まずは傭兵組合に行って登録だな」


「登録してないと武器も持ってられないもんね」


「そういうこと。登録してから武装を考えていこう」


 まずは傭兵組合に向かい、カーラちゃんの登録をおこなった。


 奇遇にも、今回も担当はケイトさんだった。イアンくんのことがあってからのカーラちゃんの登録ということもあって、ケイトさんからはかなり心配されたが、俺が付き添ってるからということで強引に押し切った。


 これだけ親身に心配してくれる人がいると言うのはありがたい話だ。


 傭兵組合で、俺とお揃いの木板タグを発行してもらい、昨日の夕方に話を聞いていた依頼を一つ受けてから武器屋へと向かう。


「酒場や宿みたいに近くにあるのかと思ってたんだけど武器屋だけは遠いのか……」


「それはそうでしょ? だって、主な商売相手は傭兵よりもアルブ領の兵士が多いんだから、詰所の近くにお店を構えるほうが都合がいいよ」

 

「たしかにそうだな……。てか、しっかり兵農分離されてんだな……専業の兵士がいるのか」


「へいのうぶんり?」


「ごめんごめん、気にしなくていいよ。そういえばちらっとだけ聞いたけど、カーラちゃんは弓を使えるんだっけ?」


「う、うん。使えるっていうか……使ったことがあるっていうか……」


 カーラちゃんはばつが悪そうに目を逸らした。


 なるほど、大見得切った時は誇張してたってわけね。


「いいよ、べつに責めるつもりはないから。使ったことないものよりかは使ったことのある弓のほうがいいことに変わりはないだろうし」


「うん! 剣とかよりかは絶対に弓のほうがうまく使える自信はあるよ!」


「じゃあまずは弓から見させてもらうことにするか」


 傭兵組合の建物と同じくらい大きな武器屋の扉前には兵士が立哨りっしょうしていた。自由に武器を買えないことで貴重性が上がっているのか、かなり厳重な警備をしているようだ。タグを見せて入店した。


 これだけ大きな町なのに、武器屋はこの店一つしかないらしい。独占禁止法とかはないのかな。


「おおー、わくわくする光景だな」


 武器屋の扉をくぐればずらりと並ぶ種々様々な武器。自然と心が踊る景色だ。


「なんだろ……血みたいな匂いがする……」


「血じゃなくて金属の匂いだろうな。いくら武器屋って言っても、店内で肉の試し切りなんてしないだろ」


 日本ではその昔、日本刀の切れ味を試すために罪人を使っていたとか聞いたことがあるが、さすがにここではやってないだろう。


 アルが持っていたような片手で扱える長剣の他にも両手用の大きな剣、斧、槍などが種類ごとにたくさん並べられているので、それらの金属臭が充満していると思われる。


 無骨な武器を一つ一つ眺めたいところではあるが、今日の目的はカーラちゃんの得物探しだ。


 寄り道はせず、お店の人を探して目当ての弓まで案内してもらおう。木材で作られる弓なのに、剣などの金属製武器と同じように武器屋に並んでいるのは不思議な感覚だ。


「いらっしゃい」


「親父さんがここの店主?」


「お? にいちゃん、ここにくるのは初めてか?」


「そうなんだよ。つい昨日傭兵になったばっかりの新参者なんだ」


「アキトさん。武器屋さんは職人組合管轄のお店なんだよ」


「へぇ、そうなんだ?」


 傭兵組合のケイトさんと同じように、この親父さんも職人組合の組合員ということか。


 手の形や体つきを見るに、ただ店頭に立っているだけでなく職人としても仕事をしているようだ。


「お嬢ちゃん詳しいな! ……お嬢ちゃん? ……なぁ、にいちゃん。この店は女の子とのお出かけにゃ向かねぇぞ?」


「むっ……」


 自分が子ども扱いされて侮られたと思ったのか、カーラちゃんが唸っていた。


 抑えて、という気持ちを込めてカーラちゃんの肩を叩く。


「デートじゃないんだ。弓を見せてほしくてね」


「弓? もちろんあるが……にいちゃんが使うのか?」


「弓を使うのはこの子なんだ」


 言いながらカーラちゃんの背中を押して前に出す。


「……お嬢ちゃんが?」


「なに? おじさん。一応使ったことあるんだけど?」


「使ったことあるっつってもなぁ……一番弱いのでも結構強いぞ?」


「だ、大丈夫だよ!」


 意気込みだけは十分だが、はたしてカーラちゃんの筋力STRは足りるのだろうか。


「お嬢ちゃんがそう言うならいいが……ものは試しだ。一番強いの触ってみるか?」


「そうだね。試しにね」


 弓を取り扱っているコーナーに向かい、親父さんはとある弓を手に取った。


「ここで一番強いのがこれだ。三人張りの弓」


 全体的に大きい弓だった。厚みもあるし、上端から下端までの長さもある。


 受け取ったカーラちゃんはそもそも弦を引くどころか弓を構えることにも苦労していた。腕をぷるぷるさせながら持ち上げるが、ぜんぜん引けていない。


「んー……だめそうだな、カーラちゃん」

 

「……ちょっとあたしには合わない、かな? ちょっとだけね」


「はっは! そりゃお嬢ちゃんには厳しいだろうなぁ! こいつは大の男でも引けねぇくらいに強ぇから」


「むぅ……。アキトさん、やってみて。見返してやってよ」


 親父さんの言い方にかちんときた様子のカーラちゃんは、俺に弓を押し付けた。仮にこれで俺が引けたとしてもカーラちゃんが見返したことにはならないと思うけど。


「俺、弓触ったことないんだけど。……あ、できたわ」


 昔テレビで見た和弓の引き方をおぼろげに思い出しながらやってみたら引けた。さすがの獣人兵士だ。腕力ごり押しである。


「おおっ?! やるじゃねぇかにいちゃん! 引き方はめちゃくちゃなのによく引けるもんだな!

はっはっは!」


「ふふんっ! アキトさんはすっごい強いらしいからね!」


 なぜかカーラちゃんがどや顔してた。君は関係ないよね、かわいいからいいけど。


「親父さん、一番軽いのってどれになる?」


 大きく立派な弓を親父さんに返し、カーラちゃんでも使えそうな弓がないか訊く。大きな弓は抜きん出て張力が強いようだが、置かれている弓を見る限り、他の弓もそこそこ強そうだ。


「んー……一番軽いのって言われてもなぁ。材質の関係で言えば……これになるか」


「こ、これなら……まだ」


 さっきの大きい弓よりかはちゃんと引けているが、それでも苦労していた。


「すぐに引けないんならやめといたほうがいいな」


 弓を引くという段階で手こずっていると、精神的に限界状態になる戦場ではもっと時間がかかると考えたほうがいい。


「んー……にいちゃんの言う通りだろうなぁ」


「……うん」


 肩を落とすカーラちゃんには悪いが、無理して使おうとして命を落としては元も子もない。


 細身の剣も触ってみたが、そちらは初めて握ったこともあってか、弓よりもしんどそうだった。


 少し考え直そうということになり、親父さんにはごめんなさいして店を出る。


 とりあえず短剣は持っているし丸腰じゃない。メインとなる武器についてはまた相談するとして、しょんぼりしたカーラちゃんの手を引いて傭兵組合で受けた依頼へ向かった。

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