第15話「……ああ、俺のストレージだ」

「おー……これが蛸部屋たこべやってやつか……」


 大部屋は雑魚寝という雰囲気だった。床の上に申し訳程度に布が敷かれている。

 

 やはり新人として出発したからには、こういう下積み時代がなければいけない。


 部屋にはすでに寝てる人もいる。足音を立てないようにして空いていた端っこのスペースを確保する。


 ここは傭兵組合との提携のある宿屋だし、宿泊客も傭兵のはず。傭兵は罪を犯した時に一般人よりも重く裁かれると聞いたし、盗みを働く不届者ふとどきものはいないと思うが、念のため貴重品はセーフティバッグに入れておこう。


 セーフティバッグはADZでも数少ない救済措置、ロストしないアイテム欄だし、きっと盗むこともできないだろう。


「……そもそもあんま持ってねぇな、俺……」


 貴重品は最初からセーフティバッグに入れてるし、コンバットナイフという名の短刀は売ったし、他にはピストルUSP45とグレネードくらいだった。


 ピストルと半端に九発入っているマガジンとグレネードをセーフティバッグに突っ込む。


 すると突然、視界に半透明な画面が表示された。


「っ?!」


 急に視界に浮かび上がった半透明の画面は、自宅の台所よりもよく見たADZのゲーム画面だった。


 声を抑えた自分を褒めたい。こんなびっくり仰天な現象が自分の身に起きれば誰だって驚くはずだ。


 いや、ゲームのキャラクターの体に魂だけ入った上に異世界に飛ばされるという一番のびっくり仰天エピソードを体験しておいて、今更なに言ってんだって話だが。


「……バッグと、繋がってんのか……」


 ADZではマップに出撃し、マップを脱出するか敵に殺されるかするたびに、一度セーフハウスという拠点に帰ってくる。今俺の視界に浮かんでいるのは、そのセーフハウスの画面だった。


 画面のトップには四つのアイコンが並んでいる。ストレージ、ストア、フリーマーケット、クラフトの四つ。


 ストレージは倉庫だ。マップに出撃して獲得したアイテムは一旦このストレージに放り込む。出撃前はストレージからアイテムを取り出して装備してマップに出撃する。ADZの基本的な流れはこんなもん。


 ストアはゲーム内通貨でいろんなアイテムを購入できる場所で、端的に言えばお店だ。銃器、弾薬、防具、医療キット、飲食物などを売っている。


 フリーマーケットは他のプレイヤーと売買するところだ。ストアでも銃や弾は売られているが、強かったりめずらしいものはこっちじゃないと並んでいない。


 クラフトでは素材になるアイテムを消費することで別のアイテムを生産できる。


 バッグの口に突っ込んだ手を動かすと、まるでマウスを動かすような感覚で視界に浮かんだ画面も動かせるようなので、とりあえずストレージを選択してみた。


「……ああ、俺のストレージだ」


 銃やアーマーなどの装備、弾薬、グレネードなどの投げ物、医療キットなどの回復アイテム、ドーピング用のオートインジェクターその他諸々雑多なアイテムをしこたま詰め込んでいる、俺のストレージだった。


 試しにストレージの隅っこにしまっておいた短刀を掴んでバッグから引っこ抜くと、短刀を取り出せた。今日売り払ったお気に入りの短刀とは拵えの違う短刀だ。


「……まじか。俺をこの世界に放り込んだ神様はアフターサービスまでしっかりしてんだな……」


 ストレージとバッグが繋がって、アイテムを取り出せるようになったことはシンプルに助かる。正直なところ、物資の補給については絶望的だったから深く考えないようにしていたくらいだ。


 弾薬が尽きれば銃なんて使い勝手の悪い鈍器でしかない。純粋な身体能力で戦うしかなくなるところだった。それでも獣人兵士は十分強いが、やはり本領は銃の扱いだ。


 弾薬を補充できるならこれからも銃を使って戦うことができる。


 俺の切り札の大口径リボルバーや、弾数の多いサブマシンガンだって取り出せる。グレや医療キットも補充の目処が立った。これらは戦術にも生存率にも大きく関わってくる。


 だからとても助かるのだが、同時に疑問も残る。


 イアンくんに鎮痛剤のオートインジェクターを使った時に、俺は一度バッグの中に手を突っ込んでいる。その時はこんな半透明な画面は出てこなかった。


「……どうして今回だけ。……あのサウンドか?」  


 店主と話していた時にADZのサウンドが聞こえたことを思い出した。


 あの時になにかしらの条件を満たした、ということだろうか。


 ストレージは一旦置いておき、画面をセーフハウスに戻す。ストレージの隣に並ぶ他のアイコン、ストアを選んでみた。


 だがストレージと違ってこちらはストアの画面には移らなかった。アイコンがぶるぶると震え、〈拠点の地下室内ではないため使用できません〉とテキストが表示された。残り二つ、フリーマーケットもクラフトも調べたが同じだった。


 異世界にきてるんだから拠点セーフハウスに戻れるわけないだろうがよ。


「いや……それじゃなんでストレージは使えたんだ……」


 ついさっきのことだ、思い出せ、俺。 ADZのワーク完了のサウンドが鳴ったのはどのタイミングだった。


 一泊分の料金を聞いて、俺が払って、店主が金を確認して──そうだ、店主が『受け取った』と言った時だった。


「宿屋に宿泊する契約を交わしたあの瞬間に、拠点としての条件をクリアした……ってことか」


 拠点というのはADZの拠点セーフハウスを指しているわけではなく『拠点』という言葉の意味そのままに、寝泊まりできて行動の足がかりになる場所ということなんだ。


 そしておそらく、ストレージの開放条件は『拠点内』であることだった。


「つまり、地下室のある拠点を手に入れれば、他の機能も使えるようになる……のか」


 俺は貯め込むたちなのでストレージの中には大量に物資が詰まっているが、補充もせずに物資を取り出し続けていればいずれ枯渇する。


 だが、ストレージ内の物資がなくなる前に地下室のある拠点を手に入れれば、ストアやフリーマーケットを使えるようになって物資の補充もできるようになる、と思われる。


 物資を安定供給してこの世界でのんびりと生きるためにも、行く行くは地下付き拠点がほしいものだ。なんならついでに庭とかもほしい。


 結局のところ、目標は現地通貨を手に入れること、お金を稼ぐことに尽きるわけだ。世知辛い。


「……まぁ、今はストレージが使えるだけで満足するか……」


 持ち物をぜんぶセーフティバッグに放り込み、床に布が敷かれているだけの寝床で横になる。


 細かいことは起きてから考えよう。


 密度の濃い一日だったからか、目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る