第14話 宿屋

 情緒のある町並は夕暮れに染まりつつあった。


 アルブ市は大きな町なので日が落ちても開いている店が多いらしいが、これが村とかになると日暮れとともにみんな床に入るらしい。電気を使った照明とかないわけで、そうなると光源はろうそくとか薪とかの火になる。それらの燃料も安くないんだから、そりゃ暗くなったら寝るよな。


 暗くなる前に、アルの案内で安くておいしくて量の多い食事処に連れて行ってもらい、今はまた組合に向かうところだった。今日一日ずっとアルの世話になってるな。


「悪いな、アル。組合まで送ってってもらって」


「僕も組合に用事があったので気にしないでいいですよ」


「あ、そうなのか? なにしに?」


「お金を預けにですよ。こんな大金持ってたら落ち着かないです」


「あっはっは! それもそうだな!」


「なに笑ってんですか。アキトさんのせいですよ……あ、そうだ。アキトさん、組合に寄るなら両替しておいたほうがいいですよ」


「両替……。銀行みたいだな。やっぱ金貨とか銀貨って額が大きすぎるのか?」


「そうですね。小金貨はもちろん、大銀貨でも大きいです。ふだん使う硬貨って銅貨とせいぜい小銀貨くらいなんですよ。あまり額が大きい硬貨だと断られることもあるらしいです」


「まじか……お釣りがなかったりすんのかな。だから両替しといたほうがいいわけなんだな」


「そういうことです。僕はお金を預けたら家に帰るんですけど、アキトさんはどうするんですか?」


「俺は組合の人に仕事について聞きたくてな。あとは宿とか併設されてたりしないかなって」


「お仕事、ですか。宿屋なら組合と契約を結んでいるところが安く泊まれますね。……アキトさんはもう安い宿を探す必要もない気がしますが」


「ベッドで体調が左右されるほどやわな体じゃないから安いとこでもいいんだよ。それに、生活水準を上げたら下げるのが大変になるし」


 そんなこんなで傭兵組合に到着。


 俺の現在の等級、シードでも受けられる依頼を大雑把に教えてもらっている間にアルは預ける手続きを終えたようで、ここで別れた。

 

 依頼のことも聞きたいことは聞けたので、組合と提携しているらしい宿を教えてもらった。


「……隣かよ」


 目当ての宿屋は組合のお隣さんだった。酒場といい宿といい、とにかく近場に集められている。


 宿の一階も組合みたいに酒場になっていて、宿泊客らしい人たちが賑やかにみ交わしていた。いいね、楽しそう。うわー、俺も飲みてー。


「やあ店主、こんばんは。一泊いいかな?」


「……ああ。見ない顔だな。新入りか?」


 恰幅かっぷくのいいスキンヘッドの厳つい店主がいぶかしむように言う。


 怪しい見た目は自覚してるからフレンドリーに接したけど、あまり効果はなかったようだ。でもこんな強面のおじさんに警戒されるほどではないと思う。


「今日登録したばかりだよ。ほら、ちゃんとタグもある」


 犬の首輪以下の木板タグを店主に提示する。傭兵であることの証明だ。


「シード? あんたがか? ……あんた、違うところでは相当やってきてるだろ。いろいろと」


 宿の店主をして長いのかな。目が肥えているようだ。ADZ違うところではってきてるよ、いろいろと。


「傭兵としては新入りだよ。これからもしばらく泊まるかもしれないけど、とりあえずは一泊したいんだ。おいくらかな?」


「……大部屋と二人部屋がある。二人部屋も空いてるぞ」


「大部屋がいいな」


「……二人部屋が空いてるんだ。今なら大部屋と同じ値段で融通してやれるが」


「いや、大部屋でいいんだけど……なんでそんなに大部屋使わせたくないんだ? ……べつに俺、盗みなんて働かないぞ?」


「盗みをやらかすなんざ思ってない。金は持ってそうだしな」


「じゃあなんで? よそ者だからって差別はよくないんじゃない?」


「……すまない。差別してるつもりはないんだ。傭兵なんて町の外からくるやつも多いからな。ただ……あんたの気配が物騒すぎる。気付くやつは気付くんだよ。大部屋に泊まってるやつが寝れなくなっちまう」


 警戒されてるってことは知ってた。


 さっきから『危険感知シックスセンス』のスキルが微弱なシグナルを発している。敵意とまではいかないが、警戒心を向けられてるんだろう。


 相手を威圧するようなスキルなんてADZでは存在しなかったし、もしかしたらキャラクターレベルの高さによって、そういう妙な雰囲気が滲み出るのかもしれない。


 俺のレベルは六三。ADZでは六五レベルが上限だとか予想されていたし、俺よりレベルが高いプレイヤーは見たことがないし高いほうだろう。


 あるいは単純に、敵を殺してきた人数が多すぎて血なまぐさい空気感でも出てるのかもしれない。なんかいやだな。

 

「寝れなくなるのは申し訳ないな……そうだ。信用されたらいいんだよな?」


「あ、ああ。危ないやつじゃないってわかれば大丈夫だろうが……」


 よし。それなら職場の人間関係を潤滑にするために一手打とう。一度言ってみたかったセリフもあるんだ。


 カウンターから二歩三歩と酒場のスペースに歩みを進める。息を吸って、溜める。


「初めまして、傭兵の先輩方。俺は今日、傭兵組合に登録したアキトです。違う場所でいろいろと仕事をしてましたが、傭兵としては新参者です。今日からよろしくお願いすると同時に、飲みの席を邪魔したお詫びに、みなさんに一杯奢らせてください」


 『おーっ!』とか『気が利くじゃねぇか新入り!』と、すでにできあがってる傭兵の先輩たちは、土器のような容器を掲げて声をあげた。ノリがいいな。


 一度言ってみたかったんだ『一杯奢らせてくれ』っていうセリフ。気分がいいもんだ。


 俺を警戒してなかった人たちは素直にただ酒を喜んでいるし、警戒していた人たちは一旦は警戒心を抑えてくれた。安心や信頼とまではいかないが、様子見くらいにはステージを落としてくれたようだ。


「店主、こんなもんでいいかな?」


「はっは! ああ、酒を振る舞われておいて文句言ってくるような奴には俺から言っといてやるよ」


「おー、店主かっけー! んじゃ、料金払うよ。いくら?」


「銅貨で二枚だ」


 傭兵組合と提携を組んでいるからなのか、ずいぶんお手頃価格だ。


「二枚ね、はい」


「受け取った。部屋は二階にある。大部屋は二つあるが、どこで寝ても構わんぞ」


 部屋の場所も寝る場所も適当なのか。雑だなぁ、とか思っていたら急に聞き覚えのあるサウンドが響いた。


 どこから鳴っているかわからない。直接頭の中で鳴ってるような感覚だ。


「……なに? この音?」


「音? ……なにも鳴ってないだろ? 飲んでるやつらが騒がしいくらいだ」


 ADZで何度も聞いたサウンドだった。ワークという、他のゲームでいうところのサブクエストをクリアした時のサウンドが大きな音で響いていたはずだが、店主には聞こえていなかったらしい。



 俺の頭の中だけで響いていたのだろうか。ADZをやりすぎたことで聞こえた幻聴かもしれない。だとしたら俺は末期だ。


「あの、お話し中すいません。お代のほう、いただいていいですか?」


 突如鳴った音の理由を考えて首をかしげていると、酒場担当の従業員らしき女の子が声をかけてきた。かわいらしいウェイトレスさんだ。でもこの子、組合のほうの酒場でも見たぞ。組合の酒場と宿の酒場は繋がっているのか。


「はいはい、いくらかな」


「小銀貨で一枚になります」


「そんだけあればもっといい宿屋に泊まれたぞ」


「いいんだよ、俺はこの古ぼけた宿に泊まりたかったんだ」


「店主の前でよく言えたな」


「そうだ。ねぇ、君。この金額ってテーブルについてる傭兵たちの分だけ?」


「はい。そうです」


「それじゃ俺と店主の分も頼むよ」


「おいおい。俺はまだ仕事中なんだがな」


「一杯くらいいいだろ。みんな飲んでるのに自分は見てるだけとかつらいじゃん。飲もうぜ」


「それでは、えっと……小銀貨一枚と銅貨一枚になります」


「はいよ」


 革袋から硬貨を取り出す。アルのアドバイス通りに両替しといてよかった。大銀貨とかそうそう使わねぇわ。


 ウェイトレスさんの小さな手に小銀貨と銅貨二枚を置く。


「……? あの、一枚多いです」


「チップ……っていう概念あんのかな……。お仕事をがんばってる君への応援、気持ちだよ。取っといて」


「あっ、ありがとうございますっ……すぐお持ちします!」


 ばっ、と勢いよく頭を下げたウェイトレスさんはきびきびとした動きで仕事に戻った。


 エマちゃんやカーラちゃんと同じか、それよりも小さい女の子が居酒屋のホールのお仕事をがんばってるんだし、このくらいはしてもいいだろう。


「あんた、アキトっつってたな」


「ん? そうだけど」


「ほんとうに大部屋でいいのか?」


「おう。そのために見栄を切ったわけだし」


「……そうかい」


 店主は呆れたように頬杖をついていた。


 キッチンと思しきところから、さっきの子が例の土器のようなコップを持って駆け足で戻ってきた。


 ささやかな心付けでサービスがよくなってウェイトレスさんも元気に働けるなら、渡した意味もあるというものだ。


「お持ちしましたっ」


「ありがとう」


 宿のカウンターにまず俺の分を、次に店主の分のコップを置いた。


 中身の液体の色は宿が薄暗いこともあってよくわからないが、エールというやつだろうか。どんな味がするのか興味があった。


「あの、あたし、クララと言います。酒場で働いてて……」


「クララちゃんね。俺はアキト。酒場で働いてるならこれから俺もしばらくお世話になるかもね。よろしく、クララちゃん」


「は、はいっ、よろしくお願いします! ……えへへ。そ、それではっ、お仕事に戻りますっ」


「うん。お仕事がんばって」


 ひらひらと手を振ると、クララちゃんはぺこりと頭を下げてホールの仕事に戻った。


 最初に声をかけてきた時は表情に乏しかったけど、笑うとかわいらしい子だった。


「……おい、アキトや。ほんとうに大部屋でいいのか?」


「何回聞くんだよ。いいって、大部屋で」


 にこにこ顔で給仕をするクララちゃんを眺めながら酒を飲む。うむ、ビールとは風味が違うが、これも悪くない。


「……そうかい」


 エールを傾けた店主のため息がいやに大きく聞こえた。

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