第13話「アセンターム商店」

 アセンターム商店は、町に入った時に見た大通りに面する、大きな店だった。アルブ市の一等地だ。町で一二を争うという触れ込みは伊達ではない。


 重厚な木の扉を開き、中に入る。


 クリアリングする感覚で一瞬だけ店内に目を向ける。ごちゃごちゃと物を置かず、一品一品をゆとりを持たせたスペースで陳列ちんれつしている。


 高級志向の雑貨屋なのかと思いきや、カウンター奥の壁には装飾品らしき絵もかけられている。装飾品も売ってるのか。何屋さんなんだよ、ここ。


「売りたいものがあるんですが、いいですか?」


 おそらく従業員と思しき小太りの男性は、いらっしゃいませの一言もなくカウンターの向こう側で椅子に座っていた。


 なぜ店主ではなく従業員と思ったかというと、大きな店を構えているわりに態度が悪いからだ。


 従業員はアルの姿を一瞥いちべつするや、侮るように鼻を鳴らした。日本の高級店レベルの接客を期待してるわけじゃないけど、それにしても態度が悪いな。


「……ふんっ、なんだね」


「僕ではなく、こちらの方です」


「短刀を売りたいんだ。査定してもらえるかな」


 俺に目を向けた従業員は、俺の格好を上から下まで眺めて怪訝けげんな目をして首をかしげた。


 怪しい風体をしてる自覚はあるけど、一応は客なんだから態度は隠そうぜ。


「短刀……? ……見させてもらおうか」


 従業員に短刀を手渡す。


「おお……。装飾は立派……そこそこ立派だが、おおっ」


 従業員は短刀のこしらえを見て声をあげ、鞘から抜いて目を見開いた。


 にやけ面を誤魔化すような奇妙な表情をしながら言う。


「ま、まぁ……変わった短剣だな。綺麗なもんだし、刃こぼれもないし……小銀貨で八ってとこだろう」


 店につくまでの間に、アルから貨幣について軽く教わっていた。


 通貨の価値は時折変動するが、基本は銅貨十枚で小銀貨一枚、小銀貨十枚で大銀貨一枚、というレートだそう。非常に馴染み深い貨幣のシステムだ。これもアイラ氏が整備したんじゃあるまいな。


 そういえば例の歴史の教師が四方山話よもやまばなしで、銅貨が導入されたのは中世が終わってからだった、とかなんとか話していた気がするが、ここでは使われているみたいだ。


 中世ヨーロッパと同じくくりで考えるのは危険かも知れない。参考程度にしておくか。


「小銀貨で八? ご冗談を。あまり軽んじられては困ります。武器としてではなく、美術品として売りにきているんですよ」


 貨幣システムについてつらつら考えていたら、急にどんっ、という大きな音がして驚いた。アルがテーブルに手をついていた。


 査定に納得できなかったようだ。道中でも、短刀は金貨数枚の価値はあると力説していた。


「ちっ……そうかい。美術品ってか。あー……小金貨で二だな」


 ずいぶん跳ね上がったな、おい、小太り従業員。足下見過ぎだろ。


「これだけ上等な鞘で、人を魅了するほどに美しい刃をした短刀です。貴族様なら大金貨数枚を出してでも求めるでしょう」


「美術品として扱っても武器には変わりないだろうが。武器の売買には手間がかかんだよ。……それに、競売じゃなくてわざわざここに持ってきたってことは、お前らはすぐに金がほしいってことだろ。小金貨を何枚も置いてる店なんざ、そうそうありはしないぞ」


 おお、この小太り従業員、接客態度はゼロどころかマイナスだが頭は切れる。もったいねー、これで接客さえよかったら。


「僕らはタヴィティア商店に持って行ってもいいんですけどね。どうしますか?」


「ちっ! わーったよ! 小金貨四だ!」


「……四でいいですか? アキトさん」


「ああ。それでいい」


「……んだよ、ごろつき風情が……紙、すり替……」


 ぼそぼそ小さく呟いているが、兎の耳は小さな音もしっかり拾う。こいつ、職務態度だけでなく口も性格も悪いらしい。


「聞こえてるぞ。ごろつきで悪いが、そっちも客に対する態度とは思えないな。ああ、すり替える、とも聞こえたぞ」


 小太り従業員は肩を跳ね上げるくらい驚いて、一枚の羊皮紙らしき紙を棚から取り出してテーブルに置く。


「っ……いや、へへ、そんなつもりじゃ……。それではここに署名もらえますか」


 急にぺこぺこしだした。アルの見立て通りだな。若干悲しいが。


「あ……文字は」


「はいよ。ここに書けばいいんだな」


 指で示された空白に名前を書く。組合でオリアナさんが代筆してくれてた時に横から見ておいてよかった。獣人兵士は頭の中も改造されてるし、俺自身記憶力はいいほうだ。文字の形は覚えている。


 俺がサインを書いてるのを見て、隣にいるアルが口を開いて驚いていた。こんな間抜けな表情をしてるのにハンサムって反則だな。


「あー、へい。大丈夫です。えー……すんませんが、小金貨一枚分は大銀貨でお渡ししてもいいですか? ちょっと、用意がありませんで……」


 小金貨を何枚も置いてる店なんてそうない、とか言ってたくせに置いてないのかよ。いいハッタリかますなぁ。


「ああ、構わない」


 従業員から硬貨をじゃらじゃらと受け取る。おお、革袋付きで渡してくれるなんて、最後の最後で気が利くじゃないか。イメージの点ではもう手遅れだけど。


「世話になったな。では」


 無言で出ていってもいいくらいの従業員の態度だったが、それだと俺の品位まで下がる。一言礼を言ってきびすを返す。


「へ、へへっ、またお越しを」


「悪いが、もうくることはないだろうな」


 背中に投げかけられた言葉に振り向いて、従業員に笑顔で返しておく。金になると踏んでいるから言ってるだけだと誰でもわかる声色だった。


 この男は商売人として信用ならない。たとえ査定がこの店より低かろうと、次は違う店を選ぶ。


「あははっ、行きましょうか、アキトさん!」


 さすがのアルといえど、小太り従業員の態度は目にあまるものがあったようだ。俺が言い返したのを見て、どこかうれしそうだった。


 店を出てからアルに話しかける。


「俺が後ろで黙って立ってりゃ交渉しやすいっての、アルの言った通りだったな」


「アキトさんは体が大きくて顔の彫りも深いので、あなどられにくいと思ったんです。ウィルよりも大きな人には初めて会いましたよ、僕」


 相手は利益を出すために買い叩こうとするから見くびられないようにしないといけない、っていう話を店までの道中にしていたのだ。アルは優しそうな顔してるもんなぁ。


「にしても……あの店の男は予想外でした。まさか大都市の有力者や貴族様とも商売をしているアセンターム商店があんなに態度が悪いなんて……」


「商売人としてありえない姿勢だったことはたしかだな。目の前の利益だけを追求して次の取引の機会を潰すのは商才がないとしか思えない」


 なぜあんな従業員が店に立っていたのかわからない。あれではブランドをおとしめることにしかならないだろうに。


「アキトさん、すいません……小金貨四にしかできなくて。五や六でも売れると思っていたんですけど……」


「最初なんか小銀貨八枚とか言ってただろ。そこから小金貨二枚にして、最終的に四まで持っていけたのはアルのおかげだ。ありがとな」


 この土地での金銭感覚をわかっていない俺なら最初の小銀貨八枚でも取引きしてたかもしれない。なのでこれはアルの功績だ。


「ちなみにアル、一ヶ月で生活費ってどのくらいかかるものなんだ?」


「そうですね……この町だと一人なら大銀貨二枚もあれば一ヶ月暮らせると思いますよ。贅沢はできませんが」


「十分すぎるだろすごいなアル!」


「い、いえ……そんなことないです。さっきのはふつうの人だったらという話で、傭兵だったら武器や防具の整備、アイテムの調達などでもっとお金かかりますし」


「小金貨二枚からアルが交渉して四枚にしてくれたわけだし、折半な」


「なんでですか! アキトさんの大切な短刀を売ったお金ですよ?! 受け取れません!」


「俺はそんなに装備に金かからんからいい。代わりのナイフ買う分と、あとは一ヶ月分くらいの生活費があれば十分だ。……アルたちも、これからなにかと入り用になるだろ」


「っ……」


 アルたちは森の中でゴブリンの群れに襲われて敗走した。戦うために剣や盾は持っていたが、逃げやすくするために捨てられる物は捨てていたはずだ。妙に荷物が少ないとは思っていた。 


 買い直すためにも金はかかる。


 どうせ俺が持っていても腐らせるだけの金なんだ。アルたちに渡すほうが有効に活用される。


「ここまで親身に世話してくれた礼とでも思ってくれ」


 受け取りそうになかったので強引にアルの手に握らせた。


 この小金貨二枚はあの小太り従業員からアルが交渉でもぎ取ったみたいなところがあるし、持ち主の手に帰ったようなもんだ。


 ちゃんと自分で握ってくれたアルは、頭を下げた。


「……それでは、ありがたくお借り・・・します」


「おう。そうしてく……お借り?」


「いつか、もっと稼げるようになってお返しします」


「あっはっは! わかった! おっけー、待っとく。いつでもいいからな」


「すぐにお返ししますよ」


「はっは、言うねぇ。でもそれで生き急ぐなよ」

 

 『もらう』ではなく『借りる』にしたのは、アルの律儀さか、それともプライドか。どちらにしても気分のいい話だ。

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