第12話 金の工面

「アキトさん、きたいことがあるんですけど……」


 カーラちゃんの家を出て、アルフレッドくんに呼び止められた。


 アルフレッドくんとカーラちゃんはアルブ市にくる前からの仲みたいだし、そりゃあ復讐云々の話にはさせたくなかっただろう。


「あー……悪い。危険なことってのはわかってるけど、ずっとお兄さんの死を引きずりながら生きるのもどうかって思って……」


「いえ、それについてはいいんです。カーラとイアンはとても仲のいい兄妹でした。ゴブリンに殺されたと知れば、復讐を考えても仕方ないです。それにカーラは頑固ですから、考えを変えるのは無理だろうなと諦めてました」


「たしかに頑固だったなぁ。あれだけ脅しをかけたのに怖気付かないとは思わなかったわ。すっげぇ強い」


「あはは、聞いてるだけの僕でも怖いくらいでしたよ、あの詰め方。それにアキトさんがカーラを見ていてくださるようなので、それも心配してません」


「買い被られるのも困るけど……まぁ、俺が焚き付けたようなとこもあるしな。できる範囲で責任は取るつもりだよ。それじゃあ、訊きたいことってのはなんだ?」


「今日から動き始めなかったのはどうしてなのかなと思いまして。カーラは弓の経験はあっても本格的な戦闘の経験はありません。訓練を始めるなら早いほうがいいと思ったのですが」


「大事なお兄さんが亡くなったんだ。死をいたむ時間はあったほうがいいだろ」


「……そうですね」


「その時間で頭を冷やして、復讐するっていう考えが変われば、それはそれでいいなとも思ってる。危ないことをする必要がないなら、そのほうがいいんだ。復讐するってなると、やっぱ傭兵にならないといけないんだろ?」


「ええ。今のままでは武器の所持も購入もできませんし、傭兵にならないといけません。……傭兵はどれだけ気を付けても危険な仕事ですからね。ならないで済むなら……ならないほうがいいです」


 アルフレッドくんは噛み締めるように言う。きっとイアンくんのこと以外にも、これまで危険な出来事がいくつもあったんだろう。


「どうなるかは明日次第だ。俺は宿でも取って、また明日カーラちゃんのとこに……あ。金ないんだった……」


 いろいろあったせいで忘れていた。先立つ物がないんだった。


 傭兵にはなれたけどすぐに実入りのいい仕事は回してもらえないようだし、最低でもしばらく生活できるくらいの金の工面をしなければいけない。


「必要でしたらお出ししますよ?」


「いや……さすがにそこまで世話になるわけにはいかねぇわ」


「構いませんよ。アキトさんならすぐに等級も上がるでしょうし、余裕ができた時にでも返してもらえればそれでいいですよ」


 もうなにこの子、優しすぎる。いつか悪い奴に騙されそうで心配になるよ。


「だめだ、やめとく。持ってるもの売れば多少は金になるだろ。……売れそうなもんあったかなぁ?」


 別にいいのに、とお金を渡そうとしてくるアルフレッドくんを押し止めながら売れそうな物を考える。


 USP45やマガジンは俺が困るから売れない。グレネードは取り扱いが危険だからだめ。医療キットは怪我をした時のために持っておきたい。オートインジェクターなんて、もし間違って使ってしまったら命に関わることになる。


「……こいつしかねぇか」


 結論、俺のお気に入りのナイフしかない。


 ナイフと言ってもあくまでコンバットナイフというカテゴリーなだけであって、実物は短刀だ。柄も鞘も装飾が施されたお洒落な逸品である。


 ADZでは基本的にナイフを使うような距離になることなんてそうそうないが、銃からナイフに持ち替えると移動速度やスタミナの回復速度が若干だけ上昇するという小技があるので、マップに持ち込むプレイヤーは多い。


 太もものベルトから鞘ごと取り外して、別れを惜しむように少しだけ短刀を抜く。


「それは……アキトさんの国で使われる短剣、なんですか……?」


「うーん……間違ってはないな。いろんな種類、いろんな見た目の短剣があったんだ。……これは短刀っていう種類で、銘は 光國みつくに


「武器なのに吸い込まれるような美しさです……。これは……アキトさんにとってとても大事な品なのでは……」


「思い入れはあるけど……いいんだよ。所詮物は物、使ってなんぼだ。こいつの使い方は、金にするっていう使い方だったってだけだ」


 かっこつけたけど、そりゃ大事だよ。イベントで苦労して手に入れたんだから思い入れも一入ひとしおだよ。


 でもなぁ、思い入れで生活はできないんだ。金にえれそうなものは他にないし、光國これを売るしかない。


 未練を断ち切るように、鞘へ収めてバッグにしまう。


「だ、だめですよ、手放しては。お金が必要なら僕が用意しますから」


「ははっ、ばか。それこそだめだろ。いいんだって。俺はもっといい短刀や短剣だって持ってんだ。だから気にすんな、ありがとな」


 心配してくれるアルフレッドくんの頭を乱暴に撫でる。どんだけいい子なんだ、こいつめ。


 実際、拠点セーフハウス倉庫ストレージには同じ短刀がもう一振りあるし、同じイベント内で手に入れた脇差だって保管している。


 ただ同じアイテムでも、ものによってこしらえが違っていて、見た目は今持ってる短刀が一番お気に入りだった。惜しくないと言えば嘘になる。


「……そう、ですか……」


「ああ。そうだ。ってことで、売れそうな場所知ってたら案内してほしいんだけど」


「その短刀の芸術性なら、一番高値がつきそうなのは、傭兵組合と商業組合が共同でもよおす競売ですが……」


「それって、すぐに開催されるもん?」


「……いえ、早くても三ヶ月に一度あるかどうか、といったところです……」


「そうだよな……」


 規模の大きなオークションとなれば、物も人も金も集めて時間をかけて準備しないといけないだろう。アルブ市は大都市を繋ぐ要衝ようしょうだが、そう簡単に開催できるもんじゃない。


 そして俺は時間をかけていられない。


「今すぐにとなれば、商店に持ち込むしかないと思います。アセンターム商店に行きましょう。アルブで一二を争う商店で、他の町や都市の資産家とも交流があると聞きます。売り先にあてがあれば高く買い取ってくれるかもしれません」


「おお、さすがこの町に住んでるだけあって詳しいな、アルフレッドくん。任せる」


「あはは、傭兵をやっていますが、そこまで懐が暖かいわけではありませんからね。安く手に入れたり高く売るには調べておかないといけません。では行きましょうか。あと、僕のことはアルでいいですよ。アキトさんとは長い付き合いになりそうですし」


「はっは! よろしく頼むよ、アル。俺のこともアキトでいいぞ」


「ありがとうございます。でもさすがにそこまで礼を失することはできません、アキトさん」


「なんでだよ」


 にこやかにアルフレッドくん、もといアルは歩き出す。


 物腰穏やかで社交性もある。礼儀正しいし優しい。ほんとうにいい子だ。だが、懐が暖かいわけじゃないんなら俺に金を貸そうとするなよ。

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