第10話「最期の言葉」

 どこかのタイミングでイアンくんの言葉を伝えておきたかったが、パーティメンバーは全員心身ともに疲れ切っていたし、日を改めることにした。


 ウィリアムくん、エマちゃん、オリアナさんとは組合前で別れ、俺はアルフレッドくんと二人でイアンくんの妹、カーラちゃんに会いに行くことになった。


 イアンくんとカーラちゃんの家についたが、思っていたより立派な家で驚いた。もとは親戚の家らしい。


 イアンくんカーラちゃん兄妹とアルフレッドくん、ウィリアムくんの四人は同郷で、一緒にバール村からアルブ市にきたというのも道中で話していた。


 アルブ市にきた時に兄妹は親戚の家にお世話になり、イアンくんは傭兵として仕事をして、利発だったカーラちゃんは町で教育を受けながら親戚の手伝いをしていたのだとか。もう親戚の方は亡くなってしまったが、家を相続して住んでいるとのこと。


 その流れで、両親ももう鬼籍に入っていることを聞かされた。


 聞いておくべきことだったとは思うが、聞きたくはなかった。なおさら気が滅入る。カーラちゃんは天涯孤独になってしまったということになる。どんな顔して話せばいいんだ。


 アルフレッドくんが扉をノックする。


 いずれは話さなければいけないというのに、不在を祈ってしまった。だが、無情にも足音が聞こえた。


「あれ、アル? どうしたの? ……この人は?」


 明るい茶色の髪を三つ編みにしてまとめている、まだ幼さが残る女の子が扉を開けて出てきた。年齢はエマちゃんと同じくらいか、それよりも歳下だろうか。


「……イアンくんに似てるな」


 思わず呟くほど、涼やかな目元と整った顔立ちはイアンくんの面影と重なるものがあった。


「……兄さんのこと、知ってるの? 傭兵の知り合いかなにかですか?」


「まぁ、知り合いっちゃ知り合いかな。名前はアキト。よろしく」


「は、はぁ……アル、なんの用事なの?」


「カーラ。大事な話があるんだ。中に入れてもらっていいかな」


 アルフレッドくんの深刻な表情と雰囲気から、すでに薄々感付いているのかもしれない。カーラちゃんの顔から血の気が失せた。



 家の中に入り、カーラちゃんとはテーブルを挟んで俺たちは座った。


 アルフレッドくんがテーブルに、短剣、腰袋、そして組合で受け取った硬貨が入った革袋を置いた。


「……イアンが、死んだ」


「は……な、なんで? どうして?」


 蒼白な顔で目を見開いて、カーラちゃんはアルフレッドくんに詰問する。


 アルフレッドくんは視線を逸らすことなく真正面から受け止めていた。


「森に調査に入って、ゴブリンの群れに襲われた。とても僕たちでは倒せない数で、逃げるしかなかった。いや……逃げることもできなかった」


「逃げられなかったら今ここにいないよね。どうやって、逃げたの」


 テーブルの上の短剣へ、カーラちゃんが手を伸ばす。鞘から柄へと指をなぞらせた。


「逃げられないと思ったから……イアンを殿しんがりに、後衛に置いて……ゴブリンの足止めをしてもらった」


「……それは、アルが、指示を……出したの?」


 ゆっくりと、カーラちゃんは鞘から短剣を抜き、柄に指をかけた。


「っ……僕が、最後は僕が……命令した。死んでくれって」


「ッ!」


 カーラちゃんは弾かれるように立ち上がり、短剣を握りしめてアルフレッドくんに向かって刃先を向けた。


「ただ居合わせただけの俺が割って入るのも野暮だと思って黙ってたけど、さすがにこれは止めさせてもらう」


 短剣を握るカーラちゃんの手首を掴んだ。


 強めに視線を向ける。刃を向けたカーラちゃんにではなく、アルフレッドくんにだ。


「組合でもそんなこと言ってたな。責任を感じるのはわかるけど、伝えるなら正確に伝えろよ、アルフレッド。そんなもん、贖罪しょくざいでもなんでもねぇよ」


「っ……」


「どう、いうこと。なんの、はなしを」


「俺はその場にいたわけじゃないから聞いた話だけど、イアンくん……君のお兄さんは自分で名乗り出たんだとさ。足止めする役目を」


「で、でも……でもっ、アルが命令したってッ!」


「後悔してるんだよ、お兄さんをあの場に置いて行ったことを。その責任を取るために自分が命令したってことにしてるんだろ。リーダーの責任ってのは、そうやって取るもんじゃないと俺は考えるけどな」


「…………」


「でも、でもっ……そんな、そんなの……」


「誰が残るべきだったか、なんて話はしない。ただ、誰かが残らないと全員が死んでいたと思う。全員に課された究極の選択で、お兄さんは自分が残ることを選択した」


「そんなのっ、は、ぁ……っ、わたしはっ……っ」


 我に返ったようにカーラちゃんは短剣の柄から手を離した。肩を上下させながら呼吸して、見開いた瞳は思い出したように潤み始める。


「ああ、君にはそんなの関係ないよな。お兄さんに生きて帰ってきてほしかったよな。……でも、お兄さんは選んだんだ。仲間に生きてほしいって。最期は俺が看取みとったよ。仲間は無事だって伝えたら、笑ってた。生きててよかったって、笑ってたんだ」


「ッ……」


「あぁ……ぐすっ。ひっく……うあぁ……」


「理不尽に、唐突にお兄さんを奪われたのは同情する。ほんとに酷い話だよ。でも君のお兄さんは、最期の時でも仲間に生きててほしいって思ってたから、だから悪いけどアルフレッドくんを殺させるわけにはいかない」


「あたしは……ぐすっ、ひっく……兄さんしか、もうっ……うあぁっ」


 床にへたり込んだカーラちゃんは顔を覆いながら涙をこぼした。声を抑えることもできていなかった。


 両親も、親戚も、兄もうしなったカーラちゃんの心痛は察するに余りある。


 兄を犠牲にしたと勘違いして、アルフレッドくんを恨むのも仕方ないのかもしれない。


 それでも、カーラちゃんにアルフレッドくんを殺させるわけにはいかない。この子は人を殺して幸せになれる人間だとは思えない。


「カーラちゃん、聞いてくれ」


「ひっぐ……やだ。もう……っ、なにもききたくないっ……」


「お兄さんの最期の言葉だ。君に伝えてくれと頼まれたんだ」


「っ……ぐすっ。きく……おしえて」


 耳を塞いで、まぶたを固く閉じていたカーラちゃんは俯きながら言う。こちらを向いてはないが、聞く耳は持ってくれた。


 きっと、彼女の人生を左右する言葉になるだろう。願わくば、いい方向に進めますように。


 祈りを込めるように、彼の言葉を俺の口でつむぐ。


「独りにしてごめん。楽させてやれなくてごめん。苦労ばっかかけてごめん。幸せに、生きてくれ」


「ぐすっ、ふっ、はは……ほんと、ばか。ひっぐ……いつも、人のことばっかり……っ。ばか、ばか……ぐすっ。兄さん……兄さんっ」


 大きな瞳から涙をあふれさせて顔をくしゃくしゃにさせながら、それでもカーラちゃんは微笑んでいた。

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