第9話「マーセナリータグ」

「……これは?」


 紐付き木の板をつまんでケイトさんにたずねる。


「マーセナリータグです。絶対になくさないように注意してくださいね」


「アキトさん、組合所属の傭兵には等級があって、新米の時は木の板なんですよ」


「そちらも含めて説明しますね」


 そこから傭兵についての説明を受けた。


 傭兵には等級があり、下から順にシード、スプラウト、ウィード、シュラブ、ツリーなどというように並んでいるそうだ。組合の看板でも木があしらわれていたし、組合の設立には植物が由来しているのだろうか。


 どれだけ実力があろうと最初は絶対に一番下のシードから始まる。依頼をこなしたり人に害をなす生き物を狩って、組合から信頼され実力を認められると等級が上がる。等級によって与えられる報酬も大きく変わってくる、とのこと。


 少し面食らったのが、登録してから一定期間内に下から三番目のウィードになれない場合、傭兵としての資格を剥奪されるということ。


 傭兵には特権が多いわけだし、武器の携帯という面で人格も考査しなければいけない。必要なシステムだ。


 言うなれば、下から一番目と二番目であるシードとスプラウトは試用期間みたいなものなんだろう。


 スプラウトまでは木のタグになるようだが、木板タグの傭兵は特権の範囲も限定的になるらしい。


 特権を与える以上、実力と信頼のある傭兵以外は不要ということか。治安の維持にも関わるわけだし、このあたりは慎重に取り計らわれている。


「ご説明ありがとうございました。よくわかりました」


「いえいえ。なにかわからないことがあれば、いつでも聞きにきてください」


 ケイトさんは柔和な笑顔で対応してくれた。仕事もできて人あたりもいい。頼りになる。


「アキトさんの登録も済んだことなので……今回の依頼の報告をしますね」


「ええ、お疲れ様でした。報酬が……」


 ケイトさんの言葉を遮るように、アルフレッドくんは受付のテーブルに半分に割れているタグを置いた。


 淡い青色の金属板、この色はたしかウィード等級と聞いている。彼らの等級はウィードだったのか。


「依頼の途中で、イアンが殉職じゅんしょくしました」


「そんな、まさか……」


「事実よ。私たちも、アキトさんに助けてもらえなければ生きて帰ってこれなかったわ」


「なんてこと……っ」


「どういう依頼だったのか、俺も詳しく聞いていいか?」


「はい。アキトさんにも教えてほしいことがありますから」


 アルフレッドくんたちが引き受けた依頼は森の調査だった。ここはちらっとだけ聞いた記憶はあるが、詳細を聞く暇はなかった。


 最近、ここアルブ市と隣の村にあたるバール村までの道中でゴブリンの目撃例が増えていたらしい。この時点でゴブリンは群を成していると組合は推測した。


 アルブの食を支える村への道が使えなくなるのは困る。しかし大々的な討伐に出ようにも、森のどのあたりをねぐらにしているかわからないし数も不明。


 まずは調べるべきだということで、アルフレッドくんたちのパーティが調査に乗り出した。


「……森の中に調査に入って、散発的に遭遇したゴブリン四体を倒しました。奥に進んで包囲された時には少なくとも二〇体はいたと思います。その時に撤退の判断をし、後方にいた数体を強引に薙ぎ払って包囲を突破。逃げながら三か四体ほど倒したのを記憶してます」


「……そんな大きな群れになっていただなんて、予想していた以上の早さよ……」


「このままでは全滅する可能性が高いと思い、イアンに足止めを命じました」


「アル。イアンは自分から名乗り出たでしょう? アルが命令したわけじゃないわ」


「僕がリーダーで、最後は命令したんだから変わらないよ。イアンが時間を稼いでくれたおかげで僕たちは道まで逃げることができました。ゴブリン一〇体に追いつかれて囲まれましたが、そこでアキトさんに助けてもらいました」


「一〇体に囲まれている中を? アキトさん、事実ですか?」


「はい、事実です。劣勢に見えたので援護に入りました」


「その時にアキトさんが八体、僕とウィルで二体倒しました」


「は、八体? それは……どうやって? 剣やメイスなどを持っているようには見えませんが……」


「んー……どう説明すればいいやら」


「ケイト。アキトさんの武器はマジックアイテムよ。ナイフくらいの大きさで、弓矢みたいに離れた敵を攻撃できるものと考えたらいいわ」


「な、なるほど……?」


 銃の説明に苦慮していた俺を見かねて、オリアナさんが助け船を出してくれた。


 その説明は端的で的確だ。見たままの情報を理解しやすいようまとめてる。オリアナさんは相当頭が回るらしい。


「そこからは俺が話そうか」


「お願いします、アキトさん」


 道でアルフレッドくんたちを救援してからは俺が一人で森に向かっている。詳しいことはわからないだろうから俺が報告を代わった。


「アルフレッドくんたちと別れ、単独で森に入ってイアンくんの捜索に向かいました」


「……単独で? アルくん、アキトさんを一人で森に向かわせたの?」


「はい」


「アルフレッドくんはついてきてくれようとしてましたよ。でも俺が断ったんです。いざという時、一人のほうが逃げやすいので」


「アキトさんは元いた国では幾度の戦いを生き抜いてきた実力者なのよ。だから一人でも……いえ、疲れ果てていた私たちがついていくくらいなら一人のほうがよほど安全だと判断したの」


「そ、そう……。わかりました。すいません、続けてください」


 そこからは俺が見てきたことをなるべく詳細まで語った。


 弓を奪った大型を取り逃がし、集まってきた六体を撃ち倒してイアンくんの遺品を持ち帰った、というところで報告を終了した。


「イアンくんが倒したと思しき死骸が三つあったから、合計して二六から二七体は仕留めたことになるでしょうか。あぁ……くそっ。こうなってくると、でかいのを逃したことがなおさら悔やまれるな……」


「一人で十四体倒してそんなことを言われてしまうと、僕たちの立場がありませんよ」


「悪い、そういう意味で言ったんじゃなくてな……」


「アキトさん、アルは胸を張ってほしいって意味で言ったのよ」


「ほんとうにその通りです、アキトさん。持ち帰ってくれた情報は、とても貴重な情報です。ホブゴブリンまで発生していたのは想定外でした」


 ホブゴブリンというのは初耳だったが、話の流れ的に一回り大きなゴブリンがそれなのだろう。


 ケイトさんが続けて話す。


「かなり大きな群れになっていたようですが、これだけ一気に数を減らせば活動の範囲は縮小するはずです。手傷も負っているようですし。再び調査し、ねぐらが判明し次第、討伐チームを送ります」


「調査なら俺が行きたいです。索敵もできて安全ですし、情報を持って帰るということならやり遂げる自信はありますよ」


「うーん……アルくんやオリアナから聞いてる限り、アキトさんは適任だと思いますが……。組合の規則で、シードとスプラウトには危険性の高い依頼を回せないことになっていまして」


「おおう……なるほど」


 傭兵という仕事は一つ間違えば命を失う。知識も経験もない木板タグのど新人に危険な仕事を割り振れば、それだけ死傷者を出す可能性が高まる。


 所属組合員の安全配慮という意味で不可欠な規則だ。文句は言えない。


「報告は以上です。これからカーラに……イアンの遺族に会いに行くので、組合に預けているお金があったら受け取らせてもらっていいですか」


 報告も済んだしこれで終わりかなと思ったら、アルフレッドくんがケイトさんにお願いしていた。


「金属板になると組合にお金を預かってもらうことができるのよ」


 俺が首を傾げながら見ていると、オリアナさんがそう耳打ちしてくれた。


 この世界では銅貨や銀貨などが貨幣として使われている。電子マネーとかクレジット決済とかないし、コインをじゃらじゃら持ち歩くのってたしかに不便だもんな。


 なんでも、本人が死んでも仲間がタグを回収していれば死亡確認として使えるらしく、預けられていたお金を下ろすことができるそうだ。ちなみに本人死亡時にお金を下ろせるのは、本人の親族とギルドで登録されていたパーティメンバーだけ。どの場合であろうとタグは必要になるらしい。


 多くはないらしいが、組合から弔慰金ちょういきんも出るようだ。


 手厚い支援だ。タグを回収しておいてよかった。


 これが遺族の悲しみを癒す一助になればいいけれど。


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