第8話 傭兵組合
傭兵組合の建物には、大きな木と剣が配された紋章が掲げられていた。
なんだろう、江戸時代にあった洒落た看板と同じような役割なのかな。文字が読めなくても、ここはこういうお店、こういう組織ですよ、とわかるようにするための看板。だとしたら、木はよくわからないが剣というモチーフは傭兵っぽくてわかりやすい。
「失礼します」
堂々と扉を開いて足を踏み入れた。
「みんなは席取って休んでてくれ。僕が報告してくる」
俺の後ろではアルフレッドくんが他のメンバーに指示を出していた。
「……酒場?」
受付の窓口もある。だが、同じ建物の中で飲食店もやっているようだ。大衆居酒屋的な雰囲気。
なぜ酒場が、とも思ったが、アルフレッドくんが言っていたように傭兵は仕事を終えると組合に報告しにくるシステムになっている。仕事終わりにそのまま一杯、と考える傭兵を捕まえられるという意味では商売として理に適っている。たくさん飲む人多そうだし。
情報共有の場としても利用されていれば最高の環境だけど、どうだろう。同じ組織に所属していても仕事を取り合う商売敵みたいなものだし、難しいかもしれない。
なんにせよここの職員さんは大変だな。酒飲んでるやつ見ながら働くとかつらすぎる。俺なら絶対飲みたくなる。
併設の酒場を遠目に眺めつつ、窓口へと足を運ぶ。
受付の職員さんに声をかけようと思ったら、一度離れたオリアナさんが戻ってきているのが見えた。
「オリアナさん、どうした? 席取って休んでていいってアルフレッドくん言ってたけど」
「そうだぞ、オリアナ。休んでいてもいいぞ?」
「はぁ……アルまで。登録する時に名前や、自身の得意分野、役割を書かないといけないでしょう?」
「名前以外にもそんなん記入するんだな。組合は傭兵同士のマッチングサービスまでやってんの? そんで、それが?」
「アキトさん、あなた、文字は書ける?」
「ん? あたりま──」
「この国の文字だけれど」
「──すんません、お世話になります……」
「どういたしまして」
「あぁ……最初はそれがあったな……」
「近くに文字を書ける人間がいるのだから、わざわざ代筆を頼むことないでしょう?」
「助かる、オリアナ」
この世界の住民の識字率が高いかどうかはわからないが、読み書きができない層は一定数いるだろう。アルくんもできないっぽかった。
オリアナさんの言い方だと、組合の人に代筆を頼むこともできるみたいだが、それは別途料金がかかるようだ。俺が金銭的に
オリアナさんに感謝しつつ、三人一緒に窓口へ。ちょうど空いた窓口があったのでそこへ向かう。
窓口の担当者は、茶髪を頭の後ろでまとめた二十代後半くらいの女性だった。
「あら、アルくんにオリアナ。もう戻ってきていたのね。報告にきたのかしら? と、そちらの方は……組合に依頼しにきた、という雰囲気ではないわね」
「……ケイトさん、報告は後でします。この人はアキトさん。組合に登録しにきたんです」
「ああ……どうりで」
「アカツキアキトです。よろしくお願いします」
この女性はケイトさんというらしい。俺の顔を見て、ちらっと全身を見て、意味深に頷いていた。
なんですか、
「ケイト、彼は渡人なのよ。聞いて話すことはできるみたいだけれど、読み書きはできないらしいから、私が代筆するわ」
「渡人……ってたしか、突然どこかから現れる、すごい力を持った旅人、だったっけ。私、初めて会ったわ……」
「そうでしょうね。私もよ」
この二人、仲がいいんだろうか。ケイトさんとオリアナさんは親しげに言葉を交わしていた。
話しながらケイトさんはオリアナさんに変わった材質の紙を渡す。その紙に名前やら役割やらを記入するのだろう。これってもしかして羊皮紙というやつか。初めて生で見た。
「……偉大な先人と一緒にしないでくれよ? そこまですごい力もないし立派な人格もしてないから」
「アキトさん、十分すごかったんですけど……」
「まったくよ。ええと……名前はアキト・アカツキで」
最近では日本名をローマ字で書く時も、姓が前、名が後と表記される流れだそうだが、ここでは名前が前、姓が後になるようだ。
姓名の順番にこだわりはないし、個人的にはどちらでもいい。郷に入ったのはこちらだし、郷に従うとしよう。
「……アキトさんって、前衛? 後衛?」
「アキトさんのあの破壊力なら前衛じゃないか?」
「でも離れてたところから攻撃していたわ。後衛じゃないかしら」
「あー……そうだなぁ、ここでの戦い方で組み込むとしたら前衛と後衛の間、中衛ってところだろうな」
「中衛? それは、どういう役割になるんですか?」
「前衛が戦いやすいように援護したり、後衛に敵が近寄らないように牽制したり、そんな感じで立ち回るのがパーティの戦い方を崩さない一番いい形になると思う」
「ここでの、ということは、以前いた国では戦い方が違ったのかしら?」
以前いた
「元いた場所では、俺の役割は偵察兵……斥候みたいなもんだな。敵の位置を捕捉して、状況によっては攻撃もする。基本的には一撃して離脱だ」
ADZでパーティを組んでいる時の俺の役目は索敵と陽動だった。敵の配置を特定して報告し、一撃を入れて敵の注意を俺に引きつけたタイミングで仲間が攻めかかる。戦闘が始まれば機動力を活かして
ソロだと立ち回りも変わってくるが、それでも一撃離脱のヒットアンドアウェイ戦法は変わらない。
「アキトさんほどの力があって、斥候……? 配置が少しもったいないのでは……」
「元いた場所では火力が出ないほうなんだよ、俺は」
『
撃って、逃げて、撃ってを繰り返すのが基本的な立ち回りだ。足を止めたら死ぬ。
「あれだけ一方的にゴブリンを倒しておいて火力がないほうだなんて……。アキトさんの祖国はどんな修羅の国なのかしら……」
呟きながらオリアナさんは用紙に文字を書き込んでいた。
手元を覗いてみる。言葉は通じるのに、書かれている文字は読めない。
会話はできるのに不思議なもんだ。この世界に運ばれた時に、神様か誰かが俺の頭の中に翻訳機能でもぶち込んだのだろうか。
言葉が通じなかったらコミュニケーションも取れず、町にも入れず、早晩死んでいたことは想像に難くない。だからもちろん助かってはいるが、脳みそをいじくられたのかと思うとちょっとぞっとする。
「はい、ケイト。書けたわ」
「はいはい、確認するわね」
「オリアナさん、ありがとな」
「このくらいなんてことないわよ」
「どこ出身かってとこだけ微妙だけど、渡人だし仕方ないわよね。保証人としてアルくんとオリアナの名前もあるし、問題ないでしょ。受理します。アキトさん、すぐにマーセナリータグを発行しますので少々お待ちください」
「はい、わかりました」
あのドッグタグみたいな認識票の正式名称はマーセナリータグと言うのか。即日発行できるなんてすごいな。
と感心していたら、文字が彫られて焼印が押された木の板に紐を通しただけの安っぽい品を渡された。犬の首輪でももうちょっと立派だよ。
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