第7話 アルブ市
「そういや検問所の人にどう説明すればいいと思う?
「ん……難しいかもしれません。僕やウィルは知りませんでしたし、門番が知っているかどうか……」
「一度渡人と名乗っておいて、伝わらなければ旅人ということにしたらいいと思うわ。正体を隠してあとから露見するほうが印象悪いもの」
「それもそうか。ありがとう、オリアナさん」
「ふふっ、どういたしまして」
「アキト殿」
「お? どした、ウィリアムくん」
「念のために
「…………あ゛っ」
まったくもって失念していた。
俺はおまわりさんが道路上で車を停止させて点検するような検問を想像していた。
しかしここは町の入り口でおこなわれる検問。イメージとしては関所だ。通行税的なものが徴収されると考えるのが自然。
もちろん俺はこの世界の通貨なんて持ってない。あの、ゲーム内通貨じゃだめですかね。
「大丈夫ですよ、アキトさん。僕が出しますから」
「いやさすがに金出してもらうのは悪いって……」
「あ、あのっ、アキト様! ご心配なく!」
「『様』いらないよエマちゃん。ご心配なくっていうのはどういう意味?」
「ゴブリンを討伐すると組合から報奨金が出るんですよ」
アルフレッドくんがエマちゃんの代わりに説明してくれる。このあたりはやはりリーダーっぽい。
「へぇ……。たしかにあんな生き物がぽんぽん出てきたら物流が滞るもんな。ほんとしっかりしてる。でも討伐って、どう証明すんの?」
「右耳の先端が討伐証明部位になります。それを組合に提出して、数に応じて報奨金をもらう、という流れです。……アキトさんと別れた時にどうにも落ち着かず、切り取って回収しておいたんです」
「……なるほどね」
仲間の安否がわからない中でただ立ちほうけるのもつらいだけだ。体を動かして気を紛らわせていたんだろう。
「そこまで金額が多いわけではありませんが、アキトさんが倒した分で入町税は
「そういう意味だったわけね。わかった。ありがとう。そんじゃ任せるよ」
「アルブに入ってからになりますが、アキト殿ならば傭兵組合に入っておいたほうがよいかもしれませんね」
「傭兵組合?」
ウィリアムくんがおすすめしてくれた。
イアンくんの首にかかっていたドッグタグは傭兵を示すものだったのか。兵士じゃないんだ。
「傭兵は町周辺の治安維持のためにも必要とされていますから、特権が多いんです。違う町や都市に行っても入町税の減免がありますし、タグが身分証明にも使えます。武器の所持や購入も認められますし」
傭兵って単語だけ聞くと荒くれ者やならず者を真っ先に想像したけど、ここでは広く認められた職業のようだ。ゴブリン退治とか、戦いの心得のない人には危険だしな。
身分証明にも使えると聞いて、自動車の免許とかパスポートみたいだな、なんてのほほんと思っていたが、武器の所持という部分で意識がばちっと切り替わった。
「……もしかして、ふつうの人は武器の所持を認められてない?」
「え? ええ。防備の不足している村ならともかく、アルブのような市壁に囲まれた町だと武器がなくても危険はありませんし」
「……それもそうだ」
よくよく考えれば、そのほうが安全だ。必要な人間だけが武器を携帯し、所持する権利のない者を取り締まったほうが治安は維持しやすい。武器も買えないとのことだし、犯罪抑制にもなる。
それじゃ俺、明らかにやばいやつじゃん。権利もないのに武器持ちまくってるよ。不審人物どころか危険人物だった。
おすすめしてくれたウィリアムくん、ほんとうにありがとう。俺は絶対に組合に加入してないといけない人間だった。
「とはいえ、傭兵は特権も多い分、制約も多いですけどね」
「そこはまぁ……しかたないだろうな。権利には義務がつきものだ」
とうとう検問所に入る。市壁と同じように検問所もレンガで建てられていた。
町への入り口は馬車が通るための大きな門と、個人が通る入り口の二種類があるようだ。
個人が通るほうだと町の外から検問所に入り、検問所内の別の扉から町の中に入る、といった具合になっている。
検問官には、話していた通りに渡人なる存在だということを告げ、予想していた通りに通じなかったので記録だけ取っておいてもらって旅人だということにした。この町を訪れた理由は傭兵になるためということにしたのだが、ここで再び問題発生。
身元を保証するものがなにもなかった。
身なりの怪しいよそ者で、身元や出自を確認できるものもなく、武器を所持している。スリーアウト。
入国審査みたいなこともやっているとは思わなかった。考えたら当たり前のことなのに。
このままでは町に入れてもらえないのでは、なんなら逮捕とかされてしまうのでは、と内心戦々恐々だったが、アルフレッドくんが保証人となってくれた。もちろん入町税とやらのお金も出してもらっている。ほんと、なにからなにまで申し訳ない。
「ありがとうな、アルフレッドくん。いろいろ助けてもらって」
「あははっ、このくらいさせてください。こちらこそ助けてもらったんですから。それに、困ったときはお互い様、らしいですよ?」
「はっは! 言ってくれるねぇ」
「安心してください、アキト様。アキト様が倒した分の報奨金で、入町税も組合への登録代も十分払えます」
「『様』いらないけどね。それはよかったけど、その報奨金をもらえるのもアルフレッドくんが耳を切っといてくれたおかげだしな」
「僕は回収しただけですよ。それではまずは傭兵組合に行って登録しておきましょうか」
この世界で生きることになるのなら、なにかしら仕事もしないといけない。職探しの面でも傭兵という選択はありだ。この体は戦闘という分野において無類の強さを誇っている。
「そうだな。頼む。傭兵になっとかないと俺いつ捕まるかわからないし」
「私たちがそばにいない時に巡回の兵士に見つかってしまえば、アキトさん捕らえられてしまうわね」
「だ、大丈夫ですっ、アキト様! 絶対離れませんからっ」
「あははっ、ありがとうなエマちゃん。『様』はいらないけど。にしても……立派な町だな、ここは。町並みがとても綺麗だ」
衛生面は現代人の視点から見ても問題ないレベルだ。歴史の先生の雑談では中世ヨーロッパは衛生状態に大きな問題があったと話していたが、見る限りそんな様子はない。これも偉大な先人、アイラ氏の尽力の賜物か。
道はレンガで舗装されている。通っている馬車基準で片側一車線くらいの道幅はある。車道に加えて歩道も用意されてて、かなりゆとりのある構造になっていた。しかも左側通行だ。なにここ、交通ルールまで整備されてんの。
片側一車線道路の脇に並ぶお店はレンガ作りになっている。規則性のある建築物が軒を連ねる光景は、まるで映画のセットのようだ。
ふと違う道へと視線を向けると、そちらは一・五車線くらいの道で、歩道との境もないし木造の建物が多い。ああ、なるほど。対向一車線道路に面した土地は一等地ということか。
「アルブ市はこの周辺では一番栄えている町ですからね。鉱業都市オリノットと港湾都市ギーヴォン、二つの大都市の中継地点になるので商業も盛んです」
「渡人の話をしてた時に、舗装した道路がどうとかって話があったよな。それがアルブにも続いてんの?」
「はい。おかげでオリノットで打たれた良質な武器もありますし、ギーヴォンから運ばれためずらしい品物なども見ることができますよ」
「へぇ。落ち着いたら見て回りたいな」
「アキトさんはまず、そういった華やかな通りから外れに外れた組合に寄る必要があるけれどね」
「大丈夫だって、オリアナさん。優先順位はわかってるから。それにそのあとも行かなきゃいけないところがあるしな」
オリアナさんの言う通り一等地から外れに外れた道を進む。
年季が入ってそうな木造の大きな建物に、アルフレッドくんが指を差した。
「……見えてきましたよ。あそこです、アキトさん。傭兵組合です」
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