第6話 渡人

「おお……すごいな、これは」


 しばらく歩いていると、アルフレッドくんたちが拠点にしているアルブ市という町が見えてきた。


 アルブ市はレンガと思しき材質の建材でしっかりと防壁が作られている。しかも高さも結構ある。『獣人Hybrid 兵士Beast』の身体能力をもってしてもアビリティとキャラコンを駆使しなければ壁を越えられそうにない。


 写真でカルカソンヌやロドスの城壁を見たことはあるけど、実際に目の当たりにすると大きな壁というのは圧倒される。これが石造の城になるともっと感動しそうだ。


 俺が田舎者みたいに目を丸くして驚いていたからか、アルフレッドくんはくすりと小さく笑っていた。


「アキトさんがいたところはこういった市壁はなかったんですか?」


「ああ。なかった。なんて言ったらいいだろうな……。街と街はぜんぶ舗装された道で繋がってるっていうか……」


 このあたりは治安などの違いがあるのかもしれない。この世界ではゴブリンなんかの危険生物が平気で出てくるわけだし、もしかしたら盗賊などの輩もいるかもしれない。


 住民を守るためにこういった城壁、アルフレッドくん曰く市壁が必要なんだろう。


「壁がないとは。アキト殿がいた国は平和だったので?」


「いや、ウィル。平和だったらアキトさんが持ってるような強力なマジックアイテムなんていらないだろ」


 現代日本をイメージするとウィリアムくんの言う通りだけど、獣人兵士がいた街基準で考えるとアルフレッドくんの言う通りになる。


 どっち目線の話をしようかと迷ったが獣人兵士基準で話すことにした。


「そうだな。平和ではなかった。壁を建てても意味がなかったから壁がなくなったんだ」


「壁が意味を持たないとは……」


 壁があったとしてもADZの敵兵士なら平気な顔して乗り越えるか、涼しい顔して空挺くうていで乗り込んでくるか、あるいはシンプルに壁を破壊して入ってきそうだ。獣人兵士と同等か、それ以上に化け物だから。


 そういえば聞き流しそうになったんだけどマジックアイテムってなに。

  

「そういえば、アキトさんはどこからこられたんですか? 最初は一風変わった貴族様かとも思いましたけど、服装があまりにも違ってますし……」


「あ、あー……えっと」


 まずい。なにも考えていなかった。


 どうしよう、どう説明すれば怪しまれないだろうか。正直に打ち明けるか。


 日本という国でゲームをしてたら、ゲームのキャラクターに魂だけ入って、気付いたらこの世界にいた、と。


 絶対無理だ。少なくとも俺ならこんなやつ信用できない。それにゲームの概念を説明するのも大変そうだ。


「……もしかしてアキトさん、渡人わたりびとなのではないかしら?」


「……わたりびと?」


 いい建前が思い付かず言い淀んでいたら、オリアナさんからそうたずねられた。なにそれ、旅人みたいな感じか。渡り鳥的な。


「あっ、渡人! たしかにそれなら見慣れない服装にも、強力なマジックアイテムも納得できます! わぁっ……!」


 オリアナさんに共感するようにエマちゃんが続いた。


 なぜかエマちゃんが妙にきらきらした視線を送ってくる。どうしてだろう、肩身が狭い。期待されるような人間じゃないよ、俺


 助けを求めるように男性陣に目をやれば、二人はぽかんとしていた。渡人なる存在はこの世界では常識なのかと思いきや、そうでもないのか。


 首を傾げながらアルフレッドくんがたずねる。


「オリアナ、エマ。なんなんだ、渡人って」


「伝説よ。昔、リムノア王国が大飢饉に見舞われた時、突然見慣れない風貌の人間が現れて国を救った、本当にあったとされる伝説」


 オリアナさんによると、遥か昔に『アイラ・クレッセント』という女性がリムノア王国にやってきた。そのアイラ氏は国境にある山から水を引いてきたり、氾濫はんらんすることが多かった川を改修したり、荒れ果てた土地を耕作地にしたり、それまでおこなわれていた農業の形を一新したり、とにかくいろいろやったのだとか。


 ざっくりまとめると治水事業や土壌開発、農業革命に尽力された、ということになる。とても一人の人間にできる規模じゃない。バケモンかな。


 他にも主要都市を繋ぐ道路を作り、馬車が走りやすいよう舗装し、都市間の行き来を楽にもしたそうだ。商業の活性化、物流の促進まで考えていたのか。


 水を山から引いてきたり地下水脈から引き上げるなどして上下水道まで構築したらしい。そのノウハウを国中に伝えたおかげで都市や、アルブ市などの大きめの町にまで上下水道が通っているとのこと。


 古代ローマ帝国を参考にしたのだろうか。石畳で舗装された街道や、現代でも残存する上下水道があると習った記憶がぼんやりある。参考にしたって、簡単にできるもんじゃないけども。


 学生時代に習った歴史の授業なんて遠い過去のことで大部分が曖昧になっているが、歴史の教師のこぼれ話がおもしろかったおかげで頭の片隅にぎりぎり残っている。


 これまではオリアナさんにご教授いただいたが、ここからはエマさんに引き継がれる。


 上水道を利用した公衆浴場や、下水道の構築、屎尿しにょうの処理、公衆衛生の意識改革などにもアイラ氏は一役買って、病気の蔓延防止に貢献したそうだ。


 アイラ氏も俺と同じように日本人だったのかな。浴場まで作るとは、さぞお風呂が恋しかったのだろう。


 それに加えて公衆衛生。現代日本人の感性だと、道端に──あー、えっと、あまり景観によろしくない状態なのは耐えがたいだろうし、どうにかしたかったようだ。アイラ氏の行動力、尊敬する。


 公衆浴場や上下水道の整備、屎尿の汲み取りなどで雇用を創出。屎尿は肥料に加工して農地へ送り、収穫量を増加させる。

 

 つまりアイラ氏は病死者を減らし、貧困に苦しむ人に仕事を与え、食糧の生産量を上げて餓死者を減らしたわけだ。


 困っている人に救いの手を差し伸べる神官であるエマちゃんは、アイラ氏の身を粉にして人に尽くす活動に感銘を受けて渡人わたりびと敬拝けいはいしているそうだ。そういえばプリーストとか言ってたし、シスターさんっぽい服も着てるしね。


 ちなみにクレッセント・・・・・・教という宗教を信仰しているとのこと。わお、アイラ氏は神様になってたのか。


 アイラ・クレッセントと名乗っていたその女性も、俺と同じようになんらかのゲームをプレイ中にこの世界に飛ばされたのだろうか。なんらかの専門分野を修めた学者様だった可能性もあるが、これほどの偉業を一般的な日本人にできるとは思えない。


 いや、それよりも、だ。


 俺が直面しているのはもっと単純な問題だ。


「たぶん俺も、その渡人っていう存在と同じか似たようなもんだとは思うけど、俺はそんなに立派な人間じゃないぞ……」


 荷が重い。渡人の先輩であるアイラ氏があまりにも聖人すぎる。偉業を成しすぎだ。


 雑学や上辺だけの情報ならまだしも、俺は専門的な知識なんて持ってない。この体だって戦闘分野においてはプロフェッショナルだけど、それだけだ。


 聖人みたいな、というか宗教的な意味でガチの聖人になってしまったアイラ氏と同じカテゴリーにされるのは困る。


「そんなことありませんっ! アキト様はわたしたちを命がけで助けてくれたじゃないですか!」


「エマちゃん? 『様』やめて? 『さん』でいいから。ゴブリンなら倒せそうだったから助けに入っただけだって。銃が効かなかったら逃げるつもりだったし」


「あの数のゴブリンを見て、効くかわからないジュウとやらで助けに入っただけで優しい人だとわかるわよ」


「んぐ……」


 言葉に詰まった。


 しかし買い被られても困る。俺としては情報収集の一環でもあったわけだし。

 

「そうですよ、アキトさん。僕たちにとってみればそれだけで救世主なんですから。……それにしても、オリアナもエマもよく渡人の話を知っていたな」


「さすがはマジックユーザー、博識だ」


 ウィリアムくんの言葉に意識が向く。そのあたりの話も聞きたかったのだ。


「マジックユーザー……魔法とか使えんの?」


「マジックユーザーだもの。もちろん使えるわよ。私は火系統のマジックユーザー、ウィザードなの」


「……ん? えっと……魔法を使える人間のことを大きな枠組みでマジックユーザーって呼んでて、その中で火系統のマジックユーザーがウィザード、っていう認識でいいのか?」


「その通りよ。理解が早いわね」


「そらどうも」


 マジックユーザーもウィザードも呼び方が違うだけで広義的なニュアンスは同じように俺には感じるんだけど、どうやら系統で呼び名が変わるらしい。


「わたしは水系統のマジックユーザーで、プリーストです」


「水系統のマジックユーザーはみんな神官になってんの?」


「いえ、入教されない人もいらっしゃいますよ。ですが水系統の魔法を学ぶとなると教会で学ぶ人のほうが多い印象ですね」


「それじゃエマちゃんも魔法を学ぶために教会に?」


「わたしはもともと信徒ですっ」


 魔法を学ぶために教会に入るか、信仰心から教会に入るか。その二つはエマちゃんにとって大きく違うらしい。胸を張って俺の質問を否定していた。なんともかわいらしい。


「あははっ、エマちゃんは根っからの信徒なわけね。わかったよ。話を聞いてる感じだと、マジックユーザーの人はどこかで教育を受ける感じなのか?」


「そうね。マジックユーザーの素質を持っている人材は貴重だから、都市にある学院で教育を受けるわ。国から補助金も出るのよ」


「うっわ、めっちゃしっかりしてるぅ……」


 優秀な人材を取りこぼさないようにする仕組みができている。


 オリアナさんはその学院で教育を受けたから、伝説にも近い国の歴史を知っていたのか。


 エマちゃんはどうなんだろうと目を向ける。


「……? あ、わたしは学院には行ってません。教会で学んだんです」


「そうなんだ」


「水系統の魔法はエマのように癒しの魔法として使うほかに、水を操る魔法としても使えるのよ。誰かを癒すために使うと決めているのなら教会で学べる知識で十分だから、素質があっても学院には行かない子が多いようね」


「はー、なるほどな。……ん? 素質? そういやさっきも素質って……」


「あー……あの、アキトさん」


「アルフレッドくん、もしかして魔法は素質のある人しか使えないとかある?」


「残念ですがアキトさん。僕もウィルも、魔法は使えないんです。そもそも素質が見つかるのも、男性より女性に多いですし」


「まじか……俺は使えないのか……」


「調べてみなければ断言はできませんが、おそらくは……」


 魔法は先天的な才能が必要な特殊技能みたいだ。俺がファンタジー世界に飛ばされた意味を問いたい。

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