第5話「しょっぱいチョコレート」
彼の遺品を回収して、きた道を戻る。
きた時とは違って森を抜けて道まで出れば、あとは一直線に走るだけ。合流するのは早かった。
「……アキトさん、ありがとうございましたっ……」
戻ってくる人影が一人分しかないことから、アルフレッドくんはどういう結末になったか予想できていたんだろう。
目を潤ませて声を震わせながらも、取り乱しはしなかった。
ああ、いやだ。なんでこんな気のいい青少年にこんな現実を突きつけなくちゃいけないんだ。
憂鬱な気分だが、でも彼との約束だ。パーティメンバーと妹さんに言葉を伝えるところまではやり遂げないといけない。
「……悪い。手遅れだった」
「あぁっ、あぁっ……ぐすっ。そんなっ……イアンさんっ」
「エマ……」
顔を覆って泣き出したエマちゃんを、オリアナさんが慰める。ウィリアムくんは手で目元を隠して俯いていた。
このパーティにどんな冒険があって、どんな思い出があったのか、俺にはわからない。部外者は踏み込まないほうがいいだろう。
「弓、奪われちまった。取り返すチャンスはあったってのに……すまん」
「いえ……アキトさんが謝ることではありません。ゴブリンは武器を奪って使う習性がありますから、しかたないです……っ」
武器を奪う習性とかあるのか。たしかにパーティの支援に入った時も、ゴブリンの中には刃が欠けた短剣を持っている個体がいたし、大ゴブリンも弓を使っていた。
個体単位で見れば体長も大きくなく力も弱いが、道具を使う知能があり群れることを考えるとゴブリンという生き物は非常に厄介だ。
「持ってこれたのはドッグタグ……金属の板と短剣。あとウエストポーチだけだ。短剣とポーチは妹さんに渡してほしい」
ウエストポーチは言われていなかったが、イアンくんは妹さんにお金になるものを渡したがっているようだったし、そちらも回収しておいた。
お金にならなかったとしても形見だ。持って帰れるものは持って帰ったほうがいいと判断した。
「も、持っていたものは奪われたのでは……?」
「弓は奪われた。取り返そうと思ったけど、そいつは逃がしちまった。そいつ以外は排除したから回収できるものはしておいたんだ」
「タグだけでなく、短剣、腰袋まで……。僕たちでは絶対に取りに行けませんでした。ほんとうにありがとうございます」
俺がそれらを手渡すと、アルフレッドくんは深く頭を下げた。
「…………」
イアンくんの言葉を今伝えるべきだろうか。
「アキトさん? どうかしたんですか? なにかあったんですか?」
アルフレッドくんは気をしっかり保ってそうに見えるが、こんなのは虚勢を張ってるだけだ。リーダーという責任感でぎりぎり持ち堪えているだけでしかない。
オリアナさんはどうかわからないが、ウィリアムくん、エマちゃんも強くショックを受けている。
今この場で伝えるのは得策じゃない。
イアンくんが森に残った状況が状況だし、最期の言葉を聞いて彼ら彼女らがどう考えるかわからない。
少し心を落ち着けてから安全な場所でゆっくり話すべきだろう。
「……いや、なんでもない。イアンくんから妹さんへの言葉を言付けられてるんだ。もし知ってたら、妹さんの居場所を教えてもらえるとありがたい」
「カーラへの……わかりました。僕らがこれから戻る町に住んでいるのでご案内します」
「助かる。それじゃ、その町に向かおうか。いつまでも道の端で集まってるとこの道を通る人が驚いちゃうからな」
努めて明るく声をかける。
ゴブリンが大量出没したこの付近から、俺はなるべく早く立ち去りたかったのだ。
軽装備で準備していたから持ち込めている弾薬も少ない。残弾は二一発。不安が残る弾数だ。
肉体的にも精神的に
「はい、そうですね……。みんな、行こう。思い悩むのは町に帰ってからにしよう。ほらウィル、立ってくれ。前衛のお前がそんなんじゃ後衛が不安になるだろ」
「っ、ああ、そうだな。すまない、アル」
「ほら、エマ、立って。ここはまだ危険なのよ。泣くのは帰ってからにしましょう……いくらでも付き合うから」
「ぐすっ、ひっぐ……ごめん、ごめんなさいっ……。んぐっ、いぎまずっ……」
「…………」
これ、多少落ち着いたくらいでどうにかなる精神状態とは思えない。背中を預けて戦ってきた仲間をいきなり失ったんだから、ショックを受けるのは当たり前なんだが、どうしよう。
「ひっく、ぐすっ……」
オリアナさんに手を引かれながらエマちゃんがとぼとぼと歩きだす。小柄な女の子が号泣している姿を見るのは心が痛い。
かといって下手な慰めなんてかえって逆効果だし、と考えて一つ思い出した。
バックパック(というカテゴリーに分類されているだけで見た目はショルダーバッグ)から、念のために持ってきていた食料を取り出す。
「エマちゃん、だよね。名前」
「っ! はっ、はいっ! ぐすっ、こ、このたびは、た、助けていただき……」
「もうお礼は言ってもらったからいいって。はい、これ。疲れてるだろうし、食べときな」
「わ、あ、ありがとうございます……なんです? この黒いの……」
「チョコだよ、チョコレート。知らないかな。甘い食べ物。カロリー摂取できるし、元気でるよ」
バッグからチョコを取り出して四分の一くらいで割って、エマちゃんに渡した。
ADZは、サバイバルゲームでいうところの空腹度のようなゲージがある。エネルギーと呼称されるそれがゼロになると様々なデバフが発生し、放置しすぎれば死に至る。
その手のエネルギーゲージや水分ゲージは全回復させてからマップに出撃するし、基本的にゲージがゼロになる前に脱出するけど、予定が狂う時もある。緊急時用のエネルギー補給のアイテムとしてチョコレートをバッグに忍ばせておいたのだ。
よかった。チョコレートにしておいて。軍用レーションとチョコレート、どっちを持っていくか悩んでいたのだ。軍用レーションはお腹は満たせても心は満たせない。
「んっ、甘いです……」
少しだけエマちゃんの表情が和らいだ。
ちゃんと甘いチョコだったようで安心した。カカオ含有率九五パーセントとかだったらどうしようって心配してた。
「そいつはよかった。ほら、オリアナさんも。アルフレッドくんとウィリアムくんも食っときな」
「あ、あら……ありがとう。いただくわ」
「あの、よければ僕の分はエマにあげて……」
「隊を導くことと自己犠牲は別物だぞ。リーダーは頭働かせるのも仕事なんだから、甘いもん食っとけ」
「……頭を使うことと甘いものを食べることになんの関係が……?」
「頭を使うには糖分が必要なんだと。だからとりあえず食っとけ。ほれ、ウィリアムくんも」
「……ありがとうございます、アキトさん」
「俺にまで……アキト殿、感謝します」
「はっは、気にすんな。困った時はお互い様だ」
大柄なウィリアムくんは、銀紙に包まれたチョコを大事そうに指先でつまみながら頭を下げた。ギャップがすごいことになっている。
「甘い……舌触りもいい。こんなにおいしいの初めて食べたわ。ね、エマ。甘くておいしいわね」
「っ……ぐす。うん。甘くて、しょっぱい……」
エマちゃんを見れば、大粒の涙をこぼしていた。
俺にはエマちゃんの心のうちはわからない。危機が去って安堵したのか、イアンくんへの罪悪感なのか。もしかしたら自分でもわからないままに涙があふれてくるのかもしれない。
なんにせよ、無理に我慢させることはない。
「……たまにあるんだよ、しょっぱいチョコレートが。また手に入ったら、今度はちゃんと甘いのをご馳走するよ」
「ぐすっ、ひっく……。ごめん、なさい……っ」
「エマ……」
アルフレッドくんたちの仕事がなんなのかは知らないが、ドッグタグを身につけてるんだから兵士に近い仕事をしているんだろう。
ゴブリンみたいな生き物がいる森を調査するような危険な仕事をしていれば、遅かれ早かれ仲間の死を経験していたはずだ。
その悲しみを乗り越えないといけないのなら、泣くことだって悪くない。泣けばストレスの緩和にもなるし、感情のリセットもできる。
だから、泣ける時は泣いておいたほうがいい。
泣けなくなる前に、泣いておいたほうがいい。
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