第3話 自分の命の使い方
「……生き残りは、いないか。片付いたな」
残っていた四体のうち俺が二体を、片手直剣持ちの青年と大きな盾を構えていた青年が一体ずつ倒し、ゴブリンの群れは全滅した。
念のため『
「お疲れさん。大変だったな。怪我してないか?」
現代日本なら学生をやってるような年齢の少年少女が、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされていたのだ。極度の緊張状態に晒されていただろう。
もう安全だ、大丈夫だ、ということが伝わるように、なるべく柔和な表情を心がけて話しかける。
「は、はい! 大きな怪我はありません! 助けていただいて、ほんとうにありがとうございます!」
他の仲間が地面にへたり込んでいる中、片手直剣持ちの少年だけは立ったまま俺に応対し、頭を下げる。頭を下げた時に、変わったネックレスが首元で揺れていた。
「そっか。間に合ってよかったよ」
この子がリーダーなのかな。はきはきとしてるし、誠実そうだ。まさしく好青年といった印象。
緊張が緩んだことと疲労感でぼんやりしていた他の三人も少年に続く。
「助かりました。我々だけでは奴らを押し返すことはできませんでした。救援に感謝します」
「ぐすっ、ひっくっ……ぁ、ありゅ、ありがとうござぃま……っ、も……だめかと、ひっぐ」
修道服っぽい意匠の服を着た女の子が一番年下なんだろうか。長い杖を震える両手で握りしめながらぼろぼろに泣いていて、まともに喋れていなかった。
長いマントを羽織った魔法使い然としている女性がその女の子の肩を抱きながら安心させていた。少し歳が離れてるようだし、お姉さんみたいに接してるのかな。
「ほら、エマ。落ち着いて。……ありがとう、助かったわ。強いのね、あなた」
「その子はちょっと心配だけど……大丈夫そうならよかった。褒めてもらえるのはうれしいけど、強いのは
これ、と言いながらホルスターに収められたUSP45を指先でとんとんと叩いて示す。謙遜でもなんでもなく、銃と『
「ほんとうに、危ないところを助けていただきありがとうございました。僕はこのパーティのリーダーをやってるアルフレッドと言います。あとこちら、シールダーのウィリアム、プリーストのエマ、ウィザードのオリアナです」
めちゃくちゃRPGみたいなワードが並んでいる。勘弁してくれ、俺はFPSばっかりでRPGはほとんど触ってないんだ。
とりあえず名前だけ覚えておく。やっぱりリーダーだった好青年がアルフレッドくん、大きな盾を持つ大柄で寡黙そうな青年がウィリアムくん、小柄でわんわん泣いてる女の子がエマちゃんで、大人びた雰囲気の女性がオリアナさん。顔と名前を覚えるのは得意だ。
「俺は、秋斗。
自己紹介されたから名乗り返したが、アルフレッドくんは俺をじっと見てくる。
なんだよ、身なりも名前も怪しいってか。まぁ、それもそっか。服装も武器もだいぶ違うし。どこからどう見ても不審人物だった。
「あの……っ、アキトさん! 助けてもらった上、こんなことを頼むのは心苦しいんですが、仲間を助けてもらえませんか?」
「仲間?」
真剣な話だったらしい。
泣き出してしまいそうな顔で眉間に皺を寄せて、アルフレッドくんが懇願する。
「……僕たちは森の調査をしていたんですが、ゴブリンの群れに襲われて退却したんです……。ですが、仲間の一人がまだ森の中に……っ」
だいたい話の流れは掴めた。森に残された仲間を助けてほしいということなんだろう。
遮蔽物が多くて視界も悪い。ほぼ確実にまだゴブリンがいて、しかも何体いるかもわからない。
そんな森の中に探しに行く。
「…………」
リスクが高い。
俺は元の世界で一度死んで、なんの因果か神様の気まぐれか、理由はわからないが生き返った。
でもそんな奇跡が何度も続くとは思えない。この世界でもう一度死んだ時、生き返る保証はない。
誰のためでもない、自分のためだけの、たった一つしかない命。
俺はもう、俺の命は俺のためだけに使うと決めたんだ。
「仲間は、このままでは全員逃げきれないと判断して
自分のためだけに使う命。
アルフレッドくんの仲間は、その命を仲間を守るために使ったのか。かっこいいなぁ、ほんとに。
俺は、自分の命の使い方は自分で決める
「その仲間の名前と外見を教えてくれ」
自分が納得した上でなら、こういう使い方も悪くはない。
一度死んで思い知った。人間なんていつ死ぬかわからない。
なら、いつ死んでも後悔しないように格好よく生きたい。
「アキトさん、受けてくれるんですかっ?! ありがとうございます! みんなは休んでいてくれ。僕とアキトさんで……」
「いや、探しに行くのは俺だけだ。アルフレッドくんはここで待っててくれ」
「ですがアキトさん一人でなんて……」
「またここにゴブリンがこないとも限らない。その時、ウィリアムくんだけだったら大変だろ。それに、森の中に探しに行って俺がゴブリンに囲まれても、俺一人なら逃げられる。アルフレッドくん、わかってくれ」
パーティリーダーのアルフレッドくんは責任感が強いのか、ついてこようとしていた。仲間を思う気持ちはわかるけど、それは認められない。
『獣人兵士』の俺と疲労困憊の彼では、移動速度に差がありすぎる。いざという時、逃げる選択肢が取れなくなってしまう。俺一人じゃないと自由に動けない。
「っ……わかりました。アキトさん、よろしくお願いしますっ……。仲間の名前はイアン。細身で長身のスカウトです。弓と短剣を持っています」
スカウト、というのは今一つイメージが湧かないが、弓を持ってる長身の男となれば一目見ればわかりそうだ。
「わかった。君たちがきた方角は? ある程度の方向でいい」
あっちです、とアルフレッドくんは指を差す。
だいたいの方向さえわかれば、あとは『ハイパーアキューシス』で調べながら進んだら発見は難しくないだろう。
ただ、一つだけ。
俺としても言いたくないが、一つだけ彼らに伝えておかなければいけない。
「……俺も全力を尽くすけど、覚悟はしておいてくれよ」
顔を青ざめさせながら息を呑む彼らに、無責任な励ましはかけられない。俺は教えられた方角へと体を向ける。
ここでの戦闘が終わったあとに使った『ハイパーアキューシス』には反応がなく、この兎の耳をもってしても今現在、戦闘音は聞こえない。
最悪の可能性が頭をよぎる。
「ふぅ……『
多少デメリットはあるが、それ以上にメリットの多いアビリティ『ラピッドファイア』を使用する。効果は複数あるが、今回は移動速度の上昇と足場の悪さを無視できるという点を重視した。
イアンくんが逃げるなり隠れるなりしていることを祈りながら、俺は地面を蹴った。
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