第2話『Hybrid Beast』

 ADZでプレイヤーが操作するキャラクターには、バックグラウンドとなる設定がある。


 元はとある大国の軍隊に所属していた軍人だったが、戦地で大怪我を負ったことにより戦死扱いにされる。戦死扱いとなって戸籍上、宙に浮いた形となったプレイヤーは、とある研究機関に運ばれて人体実験の被験体にされた。


 脳科学や生体工学を悪用し、科学的に被験体に暗示をかけ、身体的、認知的、知覚的、心理的能力を高める薬品を投与し、肉体と精神が壊れないように強度を高める。


 その後、被験体に動物のDNAを取り込ませることで、動物の特長と人間の器用さをあわせ持った一騎当千のスーパーソルジャーを作り出すという、非人道的な人間兵器開発実験。


 その名も、獣人兵士計画『Hybrid Beast』。プレイヤーはその被験体にされたのだった──という、ふわっとした設定だ。


 種族が四種類あるのも、動物のDNAを取り込むというところからきている。


 獣人って言っても、グラフィック上では獣っぽさはないけど、まぁそんなこんなで『獣人Hybrid 兵士Beast』は素の身体能力からして一般人の限界を超越しているのだ。


 この体は、例え重い荷物を背負いながらでも戦場を駆け回りび回る。足場の悪い深い森の中でも、とんでもない速度で駆け抜けることができる。


 悲鳴が聴こえた方角へ走ること十数秒。現場へと辿り着いた。


 そして俺は、少なくともここがADZの世界ではないことを確信した。


「な、んだ……あの生き物……」


 森を切りひらいて地面を踏み固めたような広めの道、その中央にそれらはいた。


 人間の胸くらいまでの背丈をして、汚れた布きれを腰に巻いている二足歩行の醜い生き物。十体ほどのそれらが、四人の傷だらけの少年少女を取り囲んでいた。


「ほんとにADZの世界じゃないのかよ……。いや、違ってよかったけど……」


 ダンジョン物っぽかったりMMORPGみたいな要素もあるADZだが、ジャンルはFPSだし舞台は現代だし戦う相手は人間だ。いや中身はNPCだけど、それでも外見は人間だ。


 あんな奇怪な、ファンタジー物の映画やアニメに出てくるゴブリンのような醜い生き物はADZにはいない。


 そいつらは棍棒や刃の欠けた短剣を握っている。みすぼらしいが、それらが推定ゴブリンたちの得物なのだろう。


 ゴブリンたちに包囲されている少年少女らの服装もあいまって、まるで異世界ファンタジーのような──


「──いや、今はいい。今は気にしない。まずは救出。それだけ考えよう」


 取り囲まれている状況からして、少年少女たちとゴブリンの集団が友好的な関係ではないことは明らかだ。


 この場の光景しか見ていない俺が決めつけるのはよくないかもしれないが、どっちに味方したいかと聞かれたら、俺は話の通じそうな人間に味方したい。


 そうと決まればさっさとゴブリンの集団を排除しよう。


 相手は人外の化け物だが、所詮は人間より体が小さい二足歩行の生き物だ。ヘルメットより硬い頭蓋骨なんてしてないはず。


 大丈夫、大丈夫だ、絶対殺せる。鉛玉を頭にくらって死なない生き物なんているわけないんだから。


 ピストルUSP45を握りしめ、助太刀に入る。


「支援する! 伏せろ!」


 声をかけながら集団に接近する。


 距離はおよそ十メートルといったところ。普段の交戦距離と比べれば十メートルなんて目と鼻どころか、目とまつげの先くらいの近さだ。


 この体なら問題なく当てられるという自信はあるが、俺が実際に銃を撃つのはこれが初めてだしもう少し近づいておきたい。


「え、なっ、なに?!」


「こんなところに人が?!」


 少年少女たちに声をかけるが、状況が呑み込めていないらしい。突然現れた俺を見て、ゴブリンと一緒になって戸惑っている。


 でも、よかった。明らかに日本人ではない外見だが、言葉は通じるようだ。とりあえず俺が敵ではないと認識してもらえたらそれでいい。

 

 射線に入らない位置にいた一体の頭にエイムを──じゃなかった。狙いを定め、引き金を引く。初めて銃を撃ったとは到底思えない、とても慣れ親しんだ感覚だった。


 響き渡る銃声。


 手に伝わる強い反動は、ゲームでは感じられない衝撃だった。


 銃弾は吸い込まれるようにゴブリンの頭に突き進み、貫いた。容易に頭蓋を砕き、その中身を弾けさせる。


「……ふぅ。そりゃそうだよな。効かないわけないんだ」


 人知れず安堵のため息をついた。


 俺が愛用しているUSP45は、ゲームのシステム的には9×19mmパラベラム弾よりも威力がある.45ACP弾を使用する。しかも込められている弾丸はヘルメット越しでもダメージを与えられるアーマーピアッシングAP弾だ。


 通用するに決まってんだよばかかよなにビビってんだあーよかった。


「ご、ゴブリンが倒れた?! 死んだのか? オリアナ! なんだあれは?!」


「し、知らないわよ、あんな魔法……」


 見た感じ、高校生か大学生くらいの年齢だろうか。小型の盾と片手直剣を持つ青年が叫んでいた。やはり醜い生き物はゴブリンで間違いないようだ。


 そして杖を持っている女性からは魔法なんて単語も聞こえた。ファンタジーな異世界の可能性が俄然がぜん高まっている。


「二つ、三つ」


 余計なことを考えないようにゴブリンを減らすことに集中する。


 長い杖を両手で持つ小柄な少女の近くにいたゴブリンで二体目、先ほどの魔法がどうこう言ってた女性の正面にいたもので三体目。


「ひゃあっ?!」


「きゃっ……」


 頭を弾けさせて倒れていくゴブリンを見て、女性陣は驚いてしまっていた。ごめんなさいね。


「四つ、五つ」


 さっきの片手直剣持ちの青年の左から隙を窺っていた奴で四体目、大柄な青年が構える盾に棍棒を叩きつけていたゴブリンで五体目。


 ゴブリン相手に銃が通用するのはよかったが、弾がよすぎて簡単に貫通してしまう。射線には気をつけないといけない。


 五体を撃ち殺している間に俺はさらに距離を詰めた。他のゴブリンは射線が彼らに重なっていて、遠くから撃つのは危険だったのだ。


 二メートル程度まで接近し、膝を撃ち抜く。耳障りな悲鳴を上げたゴブリンはがくりとひざまずいた。下がった頭は、ちょうど蹴りやすい位置にあった。


「ふっ!」


 この『獣人Hybrid 兵士Beast』は元は軍人だったわけだし、格闘訓練もおこなっていたのだろう。銃やナイフの扱いだけでなく、近接格闘もお手のものだ。


 強靭な肉体から繰り出された蹴りは的確にゴブリンの顔面を捉えた。鉄板が入っているブーツのつま先から、骨を砕く感触が伝わる。


 ゴブリンは断末魔を上げることすらできずに数メートルほど転がった。顔面がへしゃげているし首がおかしな方向に曲がっているので、確実に絶命しているだろう。


「これで、六つ」


 不思議だ。


 俺は、これまで生きてきた二十五年の人生で、大きな生き物は一度も殺めたことがない。おそらくネズミくらい大きければ命を奪うなんてできない。


 できなかった、はずだ。


 なのに今は、子どもくらいの大きさの生き物を流れ作業のように殺害している。しかも、その行為に対して良心の呵責かしゃくは一切ない。なんとも思っていない。


 それはおそらく、俺が『獣人兵士』の体に入っているからだ。


 この体は、肉体的にも精神的にも非人道的な人体改造が施された。これまで何百何千、もしかしたら万に届く数の敵と戦い、殺めてきた。


 生き物を殺めることに、自分たちに害をす存在を駆除することに、いまさら抵抗も忌避感も覚えるわけがない。


 そんな体に俺の魂的なそれが入ってしまったものだから、体に引っ張られて価値観が変異しているのだろう。


 一瞬の躊躇ちゅうちょが自身を殺し、仲間を殺すことになると、この体はよく知っている覚えている


「……あと、四つ」


 この体は、敵に対して容赦しない。

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