FPS廃人、剣と魔法のファンタジー世界を銃弾で切り開く。

にいるあらと

第1話 プロローグ

「……生きてる。……どうなってんだよ」


 FPSゲームをしている時、急に頭が痛くなって目の前が真っ暗になった。自分の死を確信したのに、なぜか生き返った。だけど目が覚めたら森の中にいた。


 しかも、死ぬ直前までやっていたFPSゲーム『Absoluteアブソリュート defenseディフェンス zoneゾーン』略称ADZのキャラクターの体になっている。


「わけわからん……」


 状況は夢の中みたいなのに、夢とは思えないほど意識がはっきりしている。


 にわかには信じがたいことだが、アニメやマンガみたいに、ゲームの世界に転移なり転生なりしたということなのだろうか。


「神様も、俺の無様さに同情したのかな」


 一年前にいろいろあって、俺は仕事もせずに引きこもって現実逃避していた。しかしADZがきっかけで知り合った友人に励まされ、ADZでランキング一位を取れたことをきっかけに、もう一度人生をやり直そうと決意した。


 その矢先に死んだ。こんな人生、もはや一周回って喜劇だろ。


 そんな滑稽な俺を、神様も哀れんでくれたのかもしれない。これまでは神様の存在なんて信じていなかったけどこれからは信じる。


「でも、生き返らせてくれたことには感謝するけど神様、なんでよりにもよってADZなんだ……。すぐ死んじゃうじゃん……」


 感謝はするけど、それはそれとして文句も言う。なんならこの状況について説明も求めたい。


 俺がやっていたADZは銃を撃って敵を倒すFPSゲームだ。だが、マップに出撃して敵に倒されたら持ち物をほぼすべて失うところなどはダンジョン系のゲームにも似ている。種族やステータス、スキル、アビリティなどのシステムもあるのでMMORPGのような雰囲気もある。


 それだけならおもしろそうと思えるかもしれない。いや実際おもしろいし俺はランキング一位になるくらいやりこんだけど、プレイ人口は多くなかった。


 理由はシンプルだ。難しいからだ。敵が強すぎるからだ。敵はすべてNPCだが、NPCだからこそ化け物みたいな強さをしている。これがネームドボスとかになると『公式チート』と呼ばれるほどに強くなる。運営はふざけてるのかな。


 せっかく生き返っても、そんな血なまぐさい世界に放り込まれたらすぐに殺される。三十分も生き残れるかわからない。敵に見つかればその瞬間に終了だ。


 死んでいたところを生き返らせてくれたのはもちろん神様ありがとうだけど、セミよりも儚い命は誤差だよ。


「持ってるのは……うわぁ。死ぬ前と同じ装備とだ……無理だろ、こんなの」


 ADZの基本的な流れはダンジョン物に近い。マップに出撃し、敵を倒して装備をぶん取ったり、各所に配置されているアイテムを漁り、生還する。


 マップに出撃する前に装備を整えるのだが、種族によって扱える銃種に制限がある。


 種族は合計四種類あるが、俺が使っている『兎』という種族はなんと、ピストルとサブマシンガンしかまともに扱えない。終わってんね。


 しかも俺が死ぬ直前に準備していたのは金策用の軽装備だった。


 武器はピストル、マガジンは二つ。グレネードがいくつか。あとはお気に入りの短刀を近接武器として持ってきている。これだけ。しょっぱい。涙の味。


 防具らしい防具も身につけていない。兎は筋力STRのステータスがとんでもなく低いので、硬いけど重いアーマーなんて装備してられない。STRの代わりとばかりに敏捷AGIが極めて高いので、ゲーム中は紙装甲神回避、当たらなければどうということはないの精神で戦っていた。


 持ち込んでいる他のアイテムも最低限必要なものだけだ。


「ネームドと戦う時ならもっといい装備をしてたってのに……。いや、結果は変わらないか。中身が俺だもんな」


 体はゲームのキャラクターだが、その中身は現代日本で生きていた俺だ。ハワイで親父に教わってもいないので銃器なんて扱えない。結局詰んでた。


「…………ま、ものは試しで」


 ふと思いついて、太もものホルスターから愛銃、USP45を手に取る。すると、自然な動作でマガジンを抜いて残弾を確認し、再びマガジンを入れ直し、軽くスライドを引いてチャンバーチェックをする。


「……はっは、なるほど。体が覚えてるってわけね。なんなら知識もある。ってことは、俺は魂だけ入ったようなもんなのか」


 体の奥に意識を向ければ、銃の扱い以外にグレネードなどの投げ物、医療キットなどのアイテム、近接戦闘の技術、アビリティの使い方まで手に取るようにわかる。


 ADZのキャラクターの戦闘能力、運動性能、知識やスキルやアビリティなど、すべてを引き継いで俺はここに立っているようだ。


「はー……ADZとは思えない優しさだ。なんとかなりそう。神様ありがとう。でもやっぱり説明はほしかったよ」


 スライドを引いて弾を薬室に送る。


 なにがあるかわからない。すぐに戦えるよう、あるいは逃げる時間を稼げるように準備はしておかないといけない。


 わからないことは山のようにあるが、考えたってわからないことはわからないんだ。とりあえず生きて帰ることに専念する。


「さて、まずは敵兵に見つからないように脱出ポイントに……どこだ、ここ」


 今いる場所は森の中だ。だが、見覚えがなかった。


 こちとら累計プレイ時間、四◯◯◯時間をゆうに超える廃人プレイヤーだ。ADZにはマップがいくつもあるし、どのマップも広大だが、俺はすべて記憶している。知らない場所なんてない。


「どうなってんだ……。ADZじゃないのか……?」

 

 あたりを見渡すが、ここの風景は俺の記憶にない。


 スクリーンショット一枚あれば、どこで撮ったものかあてられる気持ち悪い特技を持っている俺がわからないということは、ここは俺の知らないマップか、あるいはADZではないか、そのどちらかになる。


「アビリティ、使ってみるか。怖いなぁ……」


 まずは不用意に動かずに情報収集するべきだと判断した。


 種族ごとに与えられているアビリティを使用する。


 アビリティの効果がどういうふうに自分の体に影響を及ぼすのか不安だが、しかたない。状況がわからないほうがもっと不安だし危険だ。


「……ふぅ。『ハイパー聴覚アキューシス』」


 兎固有のアビリティ『ハイパーアキューシス』の効果は、範囲内のあらゆる音を距離や方向まで精確に認識するというもの。索敵や偵察、斥候に偏重する兎にとって、生命線にも等しいアビリティだ。


「こんなふうに表現されんのか……。これは、慣れるまできっついな……」


 木々の間を吹き抜ける風、揺れる草むら、葉擦れ、生き物の鳴き声や動作など、範囲内で発生した音をすべて聴き取って聴き分けている。


 音情報を強制的に脳みそに放り込まれたような途方もない異物感だ。気分はよくないが、生きるために必要不可欠なアビリティであることに変わりはない。そのうち慣れるだろう、それまでの辛抱だ。


 実際に使ってみたことで得られた情報もある。


 一つ、ゲーム内と同様にアビリティが使えるということ。


 二つ、俺の・・周囲には敵はいないということ。


 三つ、それほど遠くない場所で人間が何者かに襲われているということ。


「せっかくの第一村人、死なせるわけにはいかないな」


 超人的な聴覚が、悲鳴と怒号を聴き取った。


 怒号はともかく、敵兵は悲鳴なんて出さない。つまり少なくとも敵兵以外の人間がいる。


 ここがADZかどうかも怪しいし、声の主が味方かどうかもわからないが、今の俺にとっては喉から手が出るほど貴重な情報だ。みすみす失うのは惜しい。


 僕は地面を強く踏み締め、駆け出した。

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