15 猫と入れ替わり

 瞬は朝から大学。俺は予定がなかったので、しらすの和室に行って惰眠をむさぼっていた。

 空腹で目覚めた俺は、前足を突っ張ってぐっと伸びをした。

 ……前足?


(ぎゃぁぁぁ!)


 白い毛。ピンク色の肉球。無意識に動かしていたこれは、尻尾か?

 傍らを見ると、イビキをかいて寝ている俺の姿があった。


(しらすの中に入っちまったのか……?)


 前足でぺしぺしと俺の身体を叩いてみると、鬱陶しそうに呻きながら目を開けた。


「あれ……ぼくだ……なんで?」


 それで、俺の身体にしらすが入っている? つまり、入れ替わったのか?

 俺はとにかく声をあげてみるのだが、にゃあにゃあという鳴き声に変わるばかりだった。


「わぁ……いおりになっちゃった。ってことは、ぼくがいおり?」


 そうだよ、と必死に伝えるもしらすはのんきで。


「わーい! 人間のお菓子食べちゃおう! ずっと気になってたんだよね!」


 しらすはキッチンに行って冷蔵庫からプリンを取り出した。それは瞬のやつだ。怒られるぞ……。


「どうやって食べるんだろう。人間は道具使うよね。まあいっか」


 俺……というかしらすは、プリンのカップを直接チューチュー吸い始めた。俺の身体でそういうことをするのはやめてくれ。

 案の定、口の周りはベタベタ。ティッシュで拭くという発想もないのだろう、袖でごしごしとぬぐいやがった。よりによって白いロンT着てるのに。


「あっ、いおりももしかしてお腹すいた? いつも見てるからわかってるよ。これだよね」


 そう言って、しらすは猫用のカリカリごはんを皿に山盛りにした。こ、こんなの食えねぇよ!


「いおり、美味しいよ?」


 しかし、腹は減っている。おそるおそる匂いをかいでみた。なんだか……そそる。猫の身体になったから、嗅覚や味覚も猫になっているのだろうか。俺はそれに口をつけた。


(美味い! 美味い!)


 俺は夢中で食べ進めた。さすがに全ては食べ切れずに残した。すると、たちまち眠気が襲ってきた。


(無理だ、寝る……)


 俺はしらすのベッドの中に丸くなった。しらすは俺の頭を撫でてきた。


「よーし! 何して遊ぼうかな?」


 そんな声が聞こえてきた気がするが、どんどん意識は遠くなり、尻尾を枕にして眠ってしまった。

 そして、玄関の扉が開く音で目が覚めた。前足を見る。まだ猫だ。俺はとてとてと玄関に向かった。瞬だった。


「あっ、しらす、ただいまぁ」


 瞬は俺を抱き上げた。腕におさまるというのも、悪くない。しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。俺の身体、どこいった?


「あれ? 兄さんいないの?」


 俺を抱えたまま、瞬は家の中をうろつきはじめた。俺の部屋にたどり着き、扉を開けると、ベッドの上でスマホを見ている俺、もといしらすがいた。


「兄さん、ただいま」

「あっ、しゅん! お帰りぃ!」


 しらすはスマホを放り投げて俺ごと瞬を抱きしめた。


「……兄さん? 何か、いつもと違わない?」


 さすが瞬。すぐわかったか。


「うん、しらすだよ! いおりと身体入れ替わっちゃったみたい!」

「えー!」


 瞬は俺としらすを交互に見た。


「兄さん……じゃなかった、しらす、本当?」

「そうだよぉ! ぼく、人間がスマホ見てるのいつも気になってたから、たくさん遊べて楽しかった!」


 悪い予感がした。俺はにゃあにゃあと訴えた。


「兄さん、ちょっとおりて」


 俺はベッドの上におろされた。スマホをのぞくと、俺がやっているカードゲームが表示されていた。


「しらす、ずっとこれやってたの……?」

「うん! 字が読めないからよくわかんなかったけど、色んな絵が出てきて楽しかった!」


 瞬は素早くスマホを操作した。


「わっ……三万円課金してる!」


 なんてこった。俺は無料配布分で何とかここまでやってきたというのに。


「しらす、ダメでしょ!」

「えっ、ダメだったの?」


 俺の顔でぽやんとした表情をされると調子が狂うな。そして、しらすはずりずりと瞬に頬ずりした。


「ねえねえ、いおりの身体になれたからさ、しゅんと交尾できるよね」

(おい!)

「えー!」


 するなよ。絶対するなよ。俺はベッドから飛び降りて瞬の足を前足でカリカリこすった。


「まぁ……この状態の兄さん、というかしらすとするの興味あるなぁ」

(瞬! どうしてそういう方向は思い切りがいいんだよ!)

「ふふっ」


 俺の叫びもにゃーにゃーとしか変換されず。ついにはケージに入れられてしまった。


(やめろ! やめろって!)

「じゃあ兄さん、ちょっと待っててね!」


 軋む音と自分の声色のあられもない悲鳴を聞きながら、拷問のような時間を過ごした。翌朝には戻っていたが身体中に妙な感覚が残っており、とりあえず瞬を何発か殴っておいた。

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