13 猫と引っ越し

 駅からは遠いが、ペット可の賃貸戸建てが見つかった。

 引っ越し当日は父にも来てもらった。とうとう同居かよ、と父はげんなりしていた。


「本当にお前ら別れる気ないのな」

「父さんったら、兄弟が一緒に住むのは変なことじゃないでしょ?」

「変じゃないんだが変なことしてるから問題なんだよ瞬」


 ぶつくさ言いながら、新しく買った本棚の組み立てをしてくれている辺り、やはり父は瞬には甘い。

 新居は二階建て。一階の和室をしらす用にした。二階は三部屋あり、それぞれの部屋と寝室にすることになった。

 ある程度の荷解きを終え、瞬がしらすをキャリーケースから出した。瞬が言った。


「ほら、今日からここで暮らすんだよ、しらすぅ」


 しらすは警戒していた。部屋をうろうろ、鼻をくんくん。築年数が古いところだから、猫にしかわからない色んな匂いがするのだろう。

 夜は父も一緒に宅配ピザを食べた。


「瞬……伊織が嫌になったらいつでも帰ってくるんだぞ」

「大丈夫! トイレ二つあるからそれでケンカにならなくて済みそうだし!」

「伊織もトイレ長いのか?」

「そうなんだよ。父さんもだけどさ」

「俺って胃腸は父さんに似たの?」


 父が帰った後、ゆっくりとお風呂に入った。タイルはボロいがバスタブは広く、瞬と一緒に入っても楽だった。


「ふふっ、兄さんとしらすとずっと一緒だなんて嬉しいな」

「俺も。瞬……好き……」

「兄さん、そんなとこ触らないでよぉ」


 そんなわけで、新生活が始まったのだが、元々互いの家に行き来していた俺たちだ。特に不都合はなかった。

 しらすも徐々に落ち着き、和室でだらけている姿を見せるようになった。俺も畳の上でゴロゴロしているうちに寝てしまい、そうすると夢を見るのだった。


「いおりぃ、新しいおうち、気に入った」


 人間の姿のしらすは、ぺたぺたと俺の顔を触ってきた。


「あーもう鬱陶しい……」

「いおりはしゅんにデレデレしてるくせに」

「まあ、本当に夫婦みたいなもんになったしな……」


 俺は気になっていたことを聞いてみた。


「瞬のとこにはその姿で出ないのか?」

「何度か神様にお願いしてみたけどできないんだぁ。不思議だよね」

「神様? 猫にも神様いるのか?」

「もちろんだよぉ! いおりは神様信じる?」

「いや、俺は別に……」


 神様に頼らずとも自力で何とかしてきたしな、今まで。強引な方法を取ってきたという自覚はあるが。

 しらすは服の上から俺をモミモミしてきた。そのうちに、どうせならマッサージをさせるか、という発想になってきた。


「しらす、背中ぐりぐりしてくれ」

「こう?」

「ん……もう少し強くてもいい」

「えいっ」

「あーいい。すっげーいい」


 最近、力仕事すると途端に身体にくるんだよな……。しらすは楽しんで揉んでくれているようで、ずっとされているうちに意識が飛んでしまった。


「兄さん。起きてよ兄さん」

「ん……しらす?」

「僕だってば」


 夜になっていた。ふわぁとあくびをして起き上がった。


「またしらすと寝てたの? すっかり仲良くなったね。最初は触るのもビビってたのに」

「まあ……尽くしてくれるしな」

「何のこと?」


 夕飯は瞬が弁当を買ってきてくれていた。それを食べながら、夢の話をした。


「ふぅん。僕も人間の姿のしらすに会いたいな」

「瞬と同じ顔してるからさ……本当に息子みたいに思えてきた」

「それって兄さんの妄想が出てるだけじゃないの?」

「そうかもな……」


 そうして暮らしが落ち着いた頃、和室にキャットタワーを設置した。かなり大きいものだ。


「おい、しらす、登ってみろ」


 俺はしらすをけしかけてみたが、そちらには見向きもせず、キャットタワーが入っていた段ボール箱の中にちょこんと座ってしまった。


「ええ……しらす、そっちが気に入っちゃった?」


 瞬はしらすを持ち上げてキャットタワーに乗せたが、すぐに降りて、段ボール箱に逆戻り。


「どうしよう……これ捨てられなくなっちゃった」

「まあいいだろ。部屋広いんだし」


 一ヶ月ほどキャットタワーを置いてみたのだが、しらすが興味を持つことはなく、無駄な買い物になってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る