12 猫がうるさい

 瞬が今度は大学の連中と夜通しカラオケに行くからしらすを見ていてくれと言ってきた。……怪しい。瞬がカラオケが得意じゃないことくらいは知っていた。


「付き合いなんだよー、仕方なくて。兄さんだって乗り気じゃない飲み会あるでしょ。それと一緒だよ」

「……本当だろうな?」


 まあ、浮気なら浮気でいいか。最後は俺のところに帰ってきてくれるのなら。

 俺はしらすの新しい玩具を持って瞬の部屋に入った。


「よう、しらす。派手な鳥だぞ。どうだ?」


 しらすの目の前で揺らしてみると、すぐにバッと前足で攻撃してきた。うん、いいぞ。元気なのはいいことだ。しばらく遊んでやった後、俺はベッドに寝転んだ。


「今日もBL読むか……」


 俺はうつ伏せになって瞬の枕を抱え、足をプラプラさせながらスマホをいじった。集中していると、背中にすとんとしらすが乗ってきた。


「しらすぅ、そこ気に入ったか?」


 ふにゃあ、と一声鳴き、しらすは居座るようだった。ほんのりとした温かさを感じながら、マンガの続きを読んだ。

 夜になり、しらすに食事をさせた後、レンジでお好み焼きを温めて食べた。しらすに邪魔されたくなかったので、予めケージに入れておいた。


「そうだ……証拠写真送らせよう……」


 俺はカラオケにいることがわかるような写真をよこせと瞬に連絡した。少しして、マイクを持った瞬の自撮りが送られてきた。なんだ、本当にそうだったのか。


「うん、可愛い可愛い」


 瞬はあまり自撮りをしないから、こういうのは新鮮だ。俺は早速スマホのホーム画面にその画像を設定した。

 シャワーを浴びて、眠る時、何だか嫌な予感がした。また、あの変な夢を見るんじゃないだろうな。

 それは……当たった。


「いおり、いおりっ」


 人間の姿のしらすが、すりすりと頬同士をすりつけてきた。


「またお前か」

「だって、いおりとお話したかったんだもん」


 全裸だし目のやり場に困る。まあ、猫は全裸なんだが。俺は瞬のルームウェアを引っ張り出してきた。


「これ着ろ」

「……どうやるの?」

「ああ、わかんないのか。俺が着せるよ」


 服を着たしらすは、それをくんくんとかいだ。


「しゅん……寂しい」

「なんだかんだでけっこう懐いてるのな、お前」

「しゅんはぼくのパパだもん。いおりもパパ」

「ややこしいなぁ」


 さて、話したいと言われたが、何か言いたいことでもあるのだろうか。


「いおり。ぼく、パパが二人ともいつも一緒の方がいい」

「……ハァ?」

「いおり、たまに自分の部屋に帰っちゃうもん。あれ嫌だ」

「そんなこと言われてもよ……」


 しらすは俺の腕をぎゅっと掴んできた。


「それと、このおうち狭い。引っ越してよ」

「ええ……十分広いだろ……」


 しかし、俺も瞬とはべったりしていたい気持ちはあった。そしてしらすとも暮らしたい。となると、アリではないか。


「……戸建て借りるか? うん、それなら瞬とやらしーことしやすいし」

「ねえ、やらしーことって?」

「しらすは知らなくていい」


 明日、瞬が帰ってきたら、切り出してみるか。俺はごろりとベッドに横になった。すかさずしらすが隣にねそべってきた。


「ねえ、いおり、お昼は何見てたの?」

「ん……それも知らなくていい」

「人間はずっとスマホ見てるよね。そんなに楽しいの?」

「まあな。しらすが見て楽しいような動画あるかな……」


 俺は動画アプリを起動した。


「んーと……猫が喜ぶ動画っと……」


 すると、魚が泳ぐアニメーションの動画が見つかった。


「しらす、これはどうだ?」

「……つまんない。そんな子供だましにぼくは引っかからないよ」

「お前まだ子供だろうが」

「手術されなかったら子供作れたくらいには大きいもん」

「あ、わかってるんだその辺」


 というわけで、他の猫が出てくる動画を探してみた。


「わあっ、この子可愛いねぇ」

「ああ、美人だな」

「ぼくの方が可愛いけどね」

「そう言うとこ本当に瞬に似たな」


 それから次々と猫動画を見てみたが、結論はやっぱりしらすが一番だということだった。


「しらす、そろそろ猫の姿に戻らないのか。撫でたいんだが」

「この姿で撫でてよ」

「顔が瞬だからさぁ……変な気分になるんだよ……」

「どんな気分なの?」

「やらしー気分」

「ねえ、それって何なのさ」

「絶対に知らなくていい」


 俺はスマホを放り投げ、目を閉じた。しらすが手足をまとわりつかせてきた。


「おやすみ、しらす」

「おやすみぃ……」


 朝起きると、しらすはルームウェアにくるまり、猫の姿で寝ていた。やれやれ、昨日もあの夢だったか。

 瞬はげっそりした顔で帰ってきた。


「はぁ……嫌だって言ったのに三曲くらい歌わされた……」


 瞬の歌は聞いたことがないが、絵が下手くそなのは知っているし、きっとそういう方面の素質はない。


「お疲れさん。そうだ、しらすに言われたんだけどさ。この部屋狭いって。俺も瞬としらすと一緒に住みたいし、戸建てに越さないか?」

「……えっ? しらすに言われたってどういうこと?」

「なんかさ、留守番すると変な夢見るんだよ……」


 俺は夢の内容を話し、同居に持ち込むべくあれこれメリットを挙げていった。

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