11 猫に浮気
俺だって瞬とは一緒に育ちたかったという想いはあるし、それを埋め合わせるかのように子供向けのスポットに行きたいと提案することもある。
「瞬、動物園がいい」
「えー? 寒くない?」
「室内メインのところがあるんだよ」
きちんと下調べはしていたのだ。それに、とっておきの誘い文句があった。
「猫、触れるみたいだぞ?」
「行く!」
ほら、ちょろい。普段瞬は俺のことをちょろいちょろいと言うが、そっちだって似たようなもんだからな。
園内には、ニャンダフル広場という猫と触れ合えるスペースがあり、予約はスマホからできた。早速朝の時間をおさえた。
当日、電車に乗ってその動物園へ向かった。瞬はご機嫌だ。
「猫ちゃん、猫ちゃんっ」
「しらすがいるのにそんなに楽しみか?」
「うん! 僕も調べたんだけどさぁ、色んな種類の子がいるらしいねぇ」
瞬は園内に入るなり、ニャンダフル広場に向かった。他の展示は一切無視である。まあ、後でゆっくり見ればいいだろう。
「兄さんっ、早く早くぅ」
「急ぐな、時間まだだから」
ガラス越しに中の様子が見えた。キャットタワーやベッドが設置されており、猫たちは思い思いに過ごしていた。瞬が言った。
「あの子はマンチカンだね。ラグドールもいるよ」
「どれがどれかわかんねぇな……っていうか、しらすは何なんだ」
「しらすは雑種だと思うよ?」
「道理で図々しいわけだ」
「あっ、そういう言い方よくないと思う」
思い出してしまうのは、人間の姿になったしらすのことである。あの夜は一体何だったんだろう。あれから瞬の部屋に泊まったこともあったが、あの現象は起きていなかった。
「あっ、兄さん、そろそろじゃない?」
「入るか」
中に入ると、瞬は真っ直ぐに白い猫のところに向かった。
「ペルシャだぁ! 可愛いねぇ」
「しらすに似てるな」
「しらすもペルシャの血が入っているのかもね?」
お腹を見せてごろり。さすがこういう所の猫だ。サービス精神旺盛である。俺はどうせなら他の猫が見たくてキャットタワーの方に行ってみた。
「おっ……凛々しい顔してるなぁ」
そこにいたのは白と黒のシマシマの猫だった。瞬がさっきのペルシャを抱っこして俺に言った。
「その子はアメリカンショートヘアだね」
「触れるかな……」
そっと背中をさすった。逃げない。俺はしばらくそいつの相手をした。
あっという間に時間が来てしまい、外に出た。俺にとってはここからが本場だ。
「瞬、ハシビロコウのとこ行こう!」
「あー、動かない鳥だっけ?」
一回生で見てみたかったんだよな。動かないから写真も撮りやすいはず。ハシビロコウは太い丸太の上にどっしりと立っていた。
「おおっ、いかつい! 俺こういうの好き!」
スマホを構え、撮影しようとした時だった。ハシビロコウはバサバサと羽を動かして飛び立った。
「えっ」
そして、すうっと奥の方に消えてしまった。
「……兄さんが来たから逃げたんじゃない?」
「何だとこの野郎」
瞬を軽く小突いて他の展示も見ていった。昼は園内でカレーを食べて、俺の部屋まで戻った。
「兄さん、シャワー貸して。他の子の匂いついてるからしらすが嫉妬しちゃう。服も着替えなきゃ」
「まあ、今日はたっぷり浮気してきたもんな」
「人聞き悪いなぁ」
「人間とは浮気してないだろうな」
「……シテナイヨ」
「……本当か?」
問い詰めるため、風呂場で散々瞬をいじくった。
「あっ、兄さんっ、僕には兄さんしかいないからぁっ」
「そうだよなぁ、こんなことされて悦ぶ変態だもんなぁ」
はぁ、ストレス解消。やっぱり定期的に瞬成分を補給せねばならない。風呂場を出て、瞬はぐったりとしていたのだが、追い打ちをかけるように上に乗っかった。
「もう、兄さんっ、これ以上は」
「まだまだ収まらねぇんだよ」
瞬がへばっていてもお構い無しでやりたいことをやってやった。最後の方は瞬も涙目になっていた。
「兄さんのバカ……」
「一生逃さないからな」
瞬の部屋に行くと、しらすが俺たちに向かってうなり声を上げた。こんな姿を見るのは初めてだ。瞬は焦ってしらすを抱き上げようとしたのだが、逃げられてしまった。
「うう……バレたのかな」
「さすがしらす、嫉妬深いところは俺に似てきたな」
「あっ、兄さんその自覚はあったんだね」
結局、夕飯の時間になるまで、しらすには避けられっぱなしだった。
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