07 猫のお風呂

 しらすの毛はどんどん長くなった。尻尾なんてホウキのようだ。瞬の部屋に行くと毎回白い毛がつくので、色の濃い服を着ていかなくなった。

 その日は瞬と外でデートしようということになり、ショッピングモールに出かけた。


「見て見て兄さん、猫用の服があるよ」

「なんか……窮屈そうだな」

「しらす嫌がりそうだよねぇ」


 単純に防寒用だろう、無地のものから、コスプレっぽいものまで、色んなものが揃っていた。


「わあっ、メイドさんだ」

「俺は瞬にメイド服着せたいんだけど」

「きっと似合うだろうね」


 最近の瞬は自分の可愛さをしっかり自覚しているので、そんなことを言ってのける。まだ俺と敬語で話していた時は、あれはあれでよかったんだけどな。


「兄さん、お昼何にする?」

「さっと適当に食おう」


 俺たちはフードコートに行った。瞬はうどん、俺は焼きそばだ。平日ということもあり、お昼時だが空いていた。


「瞬、俺の部屋寄ってから帰れよ」

「わかってるって。したいんでしょ?」

「まあな」


 別に隠すこともないのでそう返したが、なんつーか……義務を消化するみたいになってないか?


「乗り気じゃないなら別にいいぞ……」

「あっ、兄さん拗ねてる」

「もう他に相手探そうかな」

「僕以外に兄さんの相手できる男なんて居ないよ。だって兄さんってば挿れる前に」

「昼間のフードコートで言うのはやめろ」


 俺はうじうじしながら焼きそばを口に詰め込んだ。瞬とは別居中の熟年夫婦みたいになってしまっている。始まりがあんなのだったので、今さら初心がどうとか言える立場ではないのはわかっているが、もう少し雰囲気というものが欲しい。


「今日は来なくていいよ。タバコ吸ったら帰ろう」

「せっかく来たのに? もう少し見て回ろうよ。僕、本屋さん行きたい」

「じゃあそこだけ寄ろう」


 喫煙室で一服した後、本屋に足を向けた。


「何かホラー読みたいなって思ってたんだ。何冊か買っちゃおうっと」

「へいへい」


 俺はそこまで読書が好きなわけではない。瞬と話を合わせるためだけに何冊か読んだが。瞬はほくほくした顔で三冊ほど買い、俺の腕に手を絡めてきた。


「やめろよ人前で」

「えー? 兄さんこういうことしたいんじゃないの?」

「恥ずかしいだろ」

「僕、恥ずかしくないもん。好きな人とベタベタしてるだけっ」


 そう言って上目遣いでニッコリ微笑んできた。


「むぅ……」

「ねっ、兄さんの部屋行きたいな。二人っきりじゃないとできないこと、しよう?」

「あーもう……」


 可愛い。


「じゃあ帰るか……」

「えへへっ」


 そのままぴったりと寄り添いながら部屋まで帰り、瞬を堪能した。


「ふわっ……兄さん激しかったぁ……」

「それくらいの方が好きだろ?」

「まあね……」


 このまま眠ってしまいたいが、しらすが待っている。俺たちは瞬の部屋に移動した。


「ただい……ま……?」


 異臭がした。しらすを見ると、白い毛がドロドロに汚れていた。


「しらすぅ!」

「うわぁ、下痢か?」


 しらすも居心地が悪そうだ。


「お、お風呂入れなきゃ……」

「準備してるのか?」

「一応、猫用のシャンプーとかはあるんだけど、やったことない」

「俺も手伝う。とにかくしらすを綺麗にするぞ」


 逃げるしらすを瞬が何とか捕まえて、風呂場に入れた。ぬるいお湯をかけていく。しらすは暴れに暴れた。


「兄さん! 押さえてて!」

「おう!」


 しらすがブルブルと身体を震わせるのでびしょ濡れだ。こんなことなら服を脱いでおけばよかった。


「しらす、我慢してっ」

「ちょっとだけだから、なっ?」


 汚れを落として、タオルで拭こうとしたのだが、しらすは部屋の中を逃げ回った。フローリングはもうぐちゃぐちゃだ。


「しらすぅ、こっちおいでー!」


 しらすは瞬に任せて、俺は部屋を掃除した。最終的に乾いたしらすをケージの中に入れ、窓を開けて換気した。


「はぁ……兄さんが居てくれてよかった。一人だったらもっと大変だったよ」

「やっぱり猫飼うって疲れるな……」

「病院連れてった方がいいよね、まだ小さいし」


 それから動物病院を受診した。便の現物があればよかったのだが、すっかり流してしまっていた。原因がわからないので、様子を見ながら、フードをふやかして与えるよう言われた。


「しらす、食べれる?」


 ひくひくと鼻を近付けたしらすは、いつもの量のご飯を食べきった。


「僕たちもご飯だね」

「牛丼でも頼むか?」

「そうしよっか」


 手がかかるのは瞬も猫も一緒だなと思いつつ、夜は更けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る