06 猫の留守番

 瞬がドライブがしたいと言い出した。この時期ならではのことをするか、と農園にいちご狩りに出かけることにした。車は父に借りた。


「ねぇねぇ僕にもこっそり運転させてよ」

「ダメだ。父さんから絶対瞬に触らせるなって念押されてるんだ」


 この日のために、俺は使っていなかった音楽プレイヤーを引っ張り出してきて車内でかけていた。


「知らない曲ばっかり」

「入ってる音源、俺が高校生の時のやつだからな」


 懐かしさが胸にこみあげてきた。サビをハミングしてみたりして、高速をぐいぐい飛ばした。

 瞬は時折ポテトチップスを俺の口に放り込んでくれた。窓の外を見ながら、何やらスマホに打ち込むということを繰り返しており、俺は尋ねた。


「瞬、何やってるんだ?」

「ナンバー集め。さっき神戸ナンバーが通ったよ」

「暇なことしてるな」

「家族で出かけた時に母さんがよくしてたんだ」

「ふぅん……」


 瞬の母親のことはあまり聞かないようにしていた。瞬をここまで育てた人だ。母親としては立派なのかもしれないが、やはり俺にとっては憎い相手である。


「兄さん、あとどれくらいで着く?」

「一時間はかかるぞ。サービスエリア寄っておこう」

「タバコも吸いたいしね」

「瞬もヤニカスになったなぁ」


 サービスエリアに着き、まずは一服。トイレに行って、コーヒーを買った。かなり山の方まで来たので、空気は澄んでおり、瞬は天に向かって両腕を突き出した。


「うーん、晴れてて気持ちいいねぇ」

「そうだな」

「しらすも連れていきたかったなぁ。今ごろ何してるかなぁ」

「まあ、寝てるだろ」


 お目当ての農園は、平日だというのに混んでいた。予約をしていて正解だった。練乳が売っていたので買って、後半の方はそれをつけて食べた。


「兄さん、いちごだけでお腹ふくれちゃった」

「旨かったな。父さんにお土産買っていこう」


 俺たちはパックに持ち帰り用のいちごを詰めて、車に戻った。そして、俺はカーナビを設定した。


「えっ、兄さんどこ行くの?」

「せっかくだから、インターチェンジ近くのラブホ。男同士で入れるって調べてある」

「もう……しらす待ってるから早く帰りたいのに」

「ちょっとぐらいいいだろ」


 ブーブー文句を垂れる瞬を無視して車を走らせた。連れ込めばこちらのものだ。


「兄さん……練乳余ってるし、かけていい?」

「その代わり瞬にもかけるぞ」


 シーツは練乳やら色んなものでベタベタになった。ボディーソープで強く洗わないと甘ったるい匂いが取れなくて苦労した。


「もう、兄さんったらついてないところまで舐めるんだから」

「瞬だって」


 あー、久々。味と匂いだけでなく、言葉も甘く交わしたし、大満足だ。


「さっ、父さんに車返しに行こう」

「うん」


 瞬の実家の車庫に車を入れて、瞬にカギを渡し、それからは家の外で待っていた。父はともかく、瞬の母親に会うのが気まずかったのだ。瞬はすぐに出てきた。


「父さんも母さんも、いちご喜んでくれたよ」

「行ってよかったな」


 電車に乗り、瞬の部屋まで帰った。しらすはやっぱりぐーすか寝ていた。


「ただいましらす。寂しかった?」


 瞬の問いかけに、しらすは目をぱちりと開け、尻尾を揺らした。


「夕飯どうする、瞬。俺作るのしんどいんだけど」

「お弁当でも頼もうか」


 届くまでの間、俺はしらすの背を撫でた。


「毛が増えてきたな、しらす……」

「もふもふだねぇ。可愛いねぇ」

「そういや、猫にいちごってあげていいのか?」

「ちょっとだけならいいみたいだよ。しらす用も買っておけばよかったね」


 しらすはくわぁと大きな口を開けてあくびをした。

 瞬がしらすに食事を与え、俺たちも弁当を食べ、ベッドに寝転がった。


「ふぅ……さすがに久しぶりの運転は疲れたな」

「ラブホも久しぶりだったね」

「なんだかんだでけっこう楽しんでたじゃねぇか」

「あはっ、バレた?」


 あー可愛い。かぶりつきたい。俺はそっと瞬の服の中に手を入れた。


「もう……しらすが居る時はダメだってば。息子の前でする親居ないでしょ?」


 すると、しらすがぴょんとベッドに飛び乗ってきて、俺と瞬の間に座った。


「ほら、しらすもやめてって言ってる」

「むぅ……」


 まあ……今日はけっこう楽しめたからいいか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る