05 猫の去勢
しらすの去勢手術は無事に終わったらしい。しばらくは安静に過ごさせてあげたいから、と瞬の部屋に行くことは禁じられた。
俺も暇になってしまったので、父をショットバーに呼びつけた。
「なんか、瞬のとこの猫、手術したって?」
「そうなんだよ。だからしばらくは来るなって。ただでさえお預け食らってるのに、どんどんたまるっつーの」
「……伊織も去勢したらどうだ?」
一杯目からウイスキーを頼んだ。父が好きなのはグレンモーレンジィ。それをロックで頂いた。
「父さんももうすぐ定年だな」
「ああ。役職とかには就かずに家でのんびりするよ」
「何か趣味でもするわけ?」
「どうするかな……何か新しいことでもしたいな」
父について、多くのことを知っているわけではない。仕事ばかりの人だったから。まあ、その裏で色々やらかしていたことについては、もう水に流してやろうと思っている。
「というか、伊織。瞬に会うなとは言わんが、そういうことはやめてくれないか」
「やだね。もう襲っちゃったしとっくに手遅れだよ」
「俺、孫の顔見たかったんだけど」
「瞬は絶対手放さないから」
父から瞬を取り上げたのが俺の復讐だ。それが果たされたから、これ以上はやめてやっていた。
俺も父も、黙々とタバコを吸った。カランと氷が溶けてグラスにあたる音がして、そんな父子の静かな時間も悪くないと考えていた。
俺のスマホが振動した。瞬からだった。襟巻きのようなものを首につけたしらすの画像が送られてきた。父も自分のスマホを見た。同時に送信したらしい。父が言った。
「俺も猫に会いに行こうかな」
「えっ、父さん動物嫌いだろ?」
「というより瞬に会いたい」
「まあ……今度一緒に行こうか」
それからあと二杯飲んで、会計は父に払ってもらって、店を出た。
「伊織ぃ、帰るの面倒だから泊まっていいか」
「いいけどソファで寝て。ベッドは渡さない」
父に先にシャワーを浴びさせ、俺はその間に瞬に電話した。
「瞬? 今父さんと一緒にいるんだけどさ。父さんもしらすに会いたいって」
「本当? ぜひ来てよ。落ち着いたら連絡するね」
風呂場から出てきた父に俺の部屋着を渡した。同じような背恰好だから合うだろう。
「瞬からまた連絡来るってさ」
「そうか。早く会いたいなぁ」
俺もシャワーを浴びた。出てくると、父はもうソファで寝ていたので、ブランケットをかけてやった。
行動は若々しい父だが、近くで見るとやっぱり年相応にシワが刻まれているのがわかった。酒もタバコもやめるつもりはないだろうし、そんなに長生きはしないかもしれない。父の身体が動くうちに、もっと話をしたいと思った。
そして、一週間後。俺は父を駅まで迎えに行き、手土産のケーキを買った後、瞬の部屋まで行った。
「父さん、兄さん、ありがとう」
しらすは床に寝転んでのんびりしていた。父の顔が強張った。
「これがしらすか……」
「うん、可愛いでしょ? ほら、しらす、僕の父さんだよ。じぃじみたいなもんだよ」
「じぃじ……?」
「しらすは僕の息子だもん。だから父さんはじぃじ」
俺は父の肘をつついて言った。
「良かったな父さん、孫の顔見れたぞ」
「むぅ……」
三人でケーキを食べて、しらすの手術の話を聞いた。
「手術直後は元気なくてさ、心配したよ。でも、今はご飯もしっかり食べてくれてて。元々甘えん坊だったけど、さらに甘えたになった気がするなぁ」
しらすは父に近寄って鼻をひくひくさせた。
「……ひっ」
「父さん、触ってみる?」
「遠慮しとく。それより瞬を触りたい」
「えー?」
父は瞬の頭を撫でた。
「早く伊織と別れろよ」
「やだ。むしろ結婚式挙げたい。父さんバージンロード歩いてよ」
「絶対するなよそんなこと」
そういえばしらすが来る前、鈍器かと思うほど分厚い結婚式の雑誌が俺の部屋のリビングに置いてあったことがあったな……もう捨てたが。瞬は続けた。
「あーあ、写真だけでも撮りたいな。男同士でも撮影してくれるとこないかな?」
「その前にお前ら兄弟なんだからな、まったくもう」
父はしらすが居るのが落ち着かないのか、少しして出て行った。
「父さん、もっとゆっくりしていけばいいのに」
「まあ、父さん、しらすがこわいんだろうな」
「こんなに可愛いのにねぇ」
俺はしらすの背を撫でた。しらすは黙って目を細めた。
「うん……可愛いなぁ」
「だよね? 僕と兄さんの息子にしようよ」
「まあ……それでもいいか」
そんなわけで、俺と瞬の間に子供ができた。
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