04 猫の寿命
昼過ぎに瞬の部屋に行った。ドーナツを持って。瞬は特にトッピングがついていないシンプルなものが好きだ。俺はガッツリとチョコレートが塗られたやつ。
コーヒーと一緒にドーナツを頂いた。しらすは定位置になった猫用ベッドで大きなあくびをしていた。
「しらす……また大きくなったな」
「そうなんだよ。お母さん猫の毛が長いから、しらすもそうなるかも」
食べ終わった俺は、少し離れた位置にしゃがみ、しらすの様子を伺った。猫があちらから来るのを待った方がいいらしい。しばらくすると、しらすが俺の足にまとわりついてきた。
「よしよし……」
背中を撫でてやっていると、瞬がくすりと笑った。
「兄さんもしらすのこと好きになってくれた?」
「まあ……嫌いではない」
今晩は瞬が鍋をしたいと言い出したので、二人でスーパーに行った。
「兄さん、何鍋にする?」
「魚介がいいな。寄せ鍋にしよう」
「りょーかい」
俺がカートを押し、瞬が次々と具材を入れていった。ビールも忘れずに。ビニール袋二つ分になった食材を俺が両方持ってやり、部屋に戻った。
「しらす、ただいまぁ」
調理するのは瞬だ。その間、俺はしらすと遊んでやることにした。掴むと音がなる、ふわふわのエビフライのぬいぐるみを差し出すと、しらすはそれに飛びついた。
「……ふふっ」
こんなに小さいのに、狩猟本能があるんだろうな。それを思うと、やっぱり瞬は猫っぽいと感じた。あいつも俺が飼い馴らせたようで歯向かってくるからな。
「しらす、鯛食べるかなぁ?」
瞬が小さな切れ端を皿に入れて持ってきた。しらすはくんくんと匂いをかぎ、口をつけることなく、ぷいと向こうに行ってしまった。
「あー、ダメかぁ。まあ、無理にあげるものでもないし」
「ふぅん」
瞬はいつも通りのしらすのご飯を与えた。そして、出来上がった鍋を瞬とつついた。海鮮のダシがよく出ていて旨かった。締めは雑炊だ。
「卵入れるの、兄さんやってよ。兄さんの方が上手だから」
「よし、任せろ」
こうして頼られるのは悪くない。絶妙なタイミングでフタを外し、ふんわり柔らかな卵の乗った雑炊の完成だ。
「うーん、やっぱり美味しい! ありがとう兄さん」
「瞬がそうしていい顔してくれるから、やり甲斐があるよ」
ベランダで一服して、ベッドに並んで腰掛けた。
「瞬、ちょっとだけ……」
「ダメ。しらすの教育によくない」
「猫にはわかんないって」
「しらすは賢いからわかるの」
手を握るとこまでしか許してくれなかった。そして、瞬はしらすを見ながらため息をついた。
「そろそろ去勢手術の時期なんだよね……」
「えっ、タマ取るのか」
「うん。一匹だけで飼うつもりだし、しないとむしろ可哀想なんだ」
「そうなのか……」
というか、しらすはオスだったらしい。このままだと、発情期にストレスが溜まったり、マーキング行動をし始めるので、繁殖させないなら手術は必須だと。
「そうか……お前、一生やらしいことできないのか……」
「その代わりに僕が愛情注ぐよ」
瞬はしらすを太ももの上に乗せて頭を撫でた。俺は勝手に自分の身に置き換えて身震いした。頑張るんだぞ、しらす。
「兄さん、お風呂入ろうか」
「お湯張ろう」
狭いバスタブ。俺は後ろから瞬を抱きしめる形で湯につかった。
「瞬……やっぱり俺寂しいんだけど」
「兄さん、しらす来てから何だか素直だね」
「だってさぁ……」
「ふふっ、弱気な兄さんも可愛い」
「調子乗んなよ」
俺は湯の中で瞬の身体をいじくった。
「あっ、もうっ」
「ここならいいだろ……しよう……」
「ちょっとだけだからね……?」
たっぷり汗をかいてしまったので、またシャワーを浴びて、上がってビールを開けた。
「はぁ、した後の酒は旨いなぁ瞬」
「あんまり飲みすぎないでよ? 明日二人ともバイトなんだから」
「わかってるって」
しらすは既にぐっすり眠っていた。長い尻尾が時折ぴくんと揺れた。
「瞬、猫って何歳まで生きるんだ」
「十八年くらいみたいだよ」
「けっこう長いな。しらす死ぬ頃には瞬もオッサンか」
「もう、今からそんな話しないで。悲しくなっちゃう」
俺は瞬の大きな瞳を見つめた。
「瞬は俺が死ぬまで側に居てくれよ……」
「わかってる。兄さんこそ、他の男のとこ行かないでね」
「俺には瞬だけだから」
その夜も、瞬をメチャクチャにしたい衝動を抑えつつ、ぴったりとくっついて眠った。
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