02 猫に嫉妬

 あれから瞬はしらすに夢中。俺の部屋にはすっかり来なくなった。たまるものはたまるので、男でも引っかけようかとまで考えたが、やっぱり瞬のことは裏切れないし、と悶々とした日々を送っていた。

 そして、バイト終わりに喫茶店で梓に愚痴ることにした。


「瞬がよぉ……猫ばっかり構ってさぁ……」

「ああ、しらすちゃんですよね。可愛いですよねー」


 梓は呑気な顔でタバコの煙を吐き出した。


「まあ、仔猫のうちは手もかかるし仕方ないですよ」

「俺のこと世界一可愛いだの何だの言ってくれてたのによぉ……」

「ほら、伊織さんは可愛いというよりカッコいい系ですから」

「本当に?」

「はい。大人の魅力ありますよ」

「そっかぁ……」


 梓のお陰で自信を取り戻した俺は、ダメ元で瞬に連絡してみた。すると、見せたいものがあるからと今夜来てくれることになった。俺は慌ててスーパーに買い出しに行った。


「ほら見て、しらすのフォトブック作ったの」

「……早いなおい」


 どれも同じような写真にしか見えなかったが、日付やコメントもしっかりついていて、作った本人はご満悦である。


「今日はカレー作ったぞ」

「わーい! 兄さんのカレー大好き」


 俺に合わせて甘口にしてもらっているのだが、瞬も慣れたらしい。パクパクと二杯もおかわりしてくれた。


「それでさ、瞬……」

「わかってるって。兄さんのことも可愛がってあげる」


 ベッドに行き、瞬を脱がせてむさぼった。これこれ、久しぶりの感覚。瞬もいい声で鳴いてくれた。


「それじゃ、帰るね」

「えっ……もう?」

「しらすが待ってるもん」

「もう一回……もう一回だけ……」

「ダメダメ。じゃあね」


 瞬はさっさと服を着てしまった。スッキリしない。


「なあ瞬、そっち泊めて。やらしーことしないから」

「本当に? したら追い出すからね」


 しらすは前に見た時より一回り大きくなっていた。瞬は抱っこして俺に差し出した。


「今度こそ触ってみてよ」

「うん……」


 白い毛並みは艶々としていて、確かに触り心地はよかった。しらすはじっと俺の顔を見ていた。


「しらす、トイレもすっかり覚えてくれたんだよ。いい子だね、しらすぅ」


 やっぱりその名前はどうにかならないのかと思うのだが、しらすで定着してしまったのは仕方がない。

 シャワーを浴びて、ベッドに座って髪を拭いていると、しらすが膝に飛び乗ってきて匂いをかぎだした。


「……うわっ」

「兄さん! 写真撮らせて!」


 しらすはそのまま動かなくなってしまった。


「しらす、兄さんのこと好きになってくれた? 僕の大好きな人だもんね、そうだよねぇ」

「……瞬、俺のこと好き?」

「うん、好きぃ」


 太ももに感じる温かみ。こんなに小さいのに生きているのだと感じられた。そっと背中を触ってみると、しらすはされるがままになっていた。


「梓やルリちゃんにも会わせたんだけど、逃げ回っちゃって。兄さんのことはやっぱり兄弟だし落ち着くのかな?」

「そうかねぇ……」


 ひょいと俺の膝をおりたしらすは、トイレに行った。


「おお……ちゃんとしてる」

「賢いもんね、しらすは」


 瞬は排泄物を片付けた。すっかり慣れている様子だ。


「もう遅いし寝ようか兄さん」

「おう」


 瞬を後ろから抱き締めてじっとしていた。まだ足りないんだけどなぁ。瞬が寝たのでちょこっとだけ身体を触って気を紛らせた。

 そして、またしらすの鳴き声で起こされた。


「はぁ……僕今日バイトだ。兄さんは?」

「俺休み」

「このまま部屋にいてもいいよ。しらすの相手してあげてよ」

「ええ……」


 しかし、自分の部屋に戻るのも面倒になってしまったし、と俺は居座ることにした。瞬はしらすに朝ごはんをあげた後出ていった。


「……遊ぶか?」


 瞬の部屋には猫用の玩具がたくさん置いてあった。俺はネズミが棒の先についているやつを取り出した。しらすはすぐに飛びついてきた。


「おっ……元気だなぁ……」


 しばらくやると飽きたのか、しらす用のベッドで眠り始めた。俺も寝ることにした。そして、胸が重くて目が覚めた。


「……うわっ」


 しらすがちょこんと乗っていた。俺の顔を覗き込んできて、ひくひく鼻を動かしていた。


「何だよしらす……」


 頭を撫でようとすると逃げられた。俺は冷凍庫にあったパスタを勝手に食べて、しらすをケージに入れベランダでタバコを吸った。


「俺、意外と懐かれてる……?」


 生き物には縁がなかった俺だ。ああいうやり取りで本当にいいのかわからなかったが、以前よりもしらすと距離が近付いたように感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る