伊織と瞬くんが猫飼うだけ
惣山沙樹
01 猫がきた
瞬が妙なことを言ってきた。
「僕、引っ越そうと思うんだ」
「なんでまた」
よくよく聞いてみると、こうだった。大学の友人の猫に子供が産まれたらしい。一匹譲り受けたいが、今住んでいるマンションでは飼えないから、ペット可のところに移り住みたいのだとか。
「父さんには話つけたんだ。お金出してくれるって」
「もうそこまで進んでるのか」
「でねっ、物件も見当つけてきた。兄さんも引っ越し手伝ってよ」
「まあ……いいけどよ」
俺は生き物がそんなに得意ではない。瞬が好きなのは前から知っていたが、まさか引っ越ししてまで飼いたがるなんてな。本人はすっかりその気だし、と好きにさせることにした。
新居は俺の住むマンションから歩いて十分ほどの距離だった。築年数は古そうだが、内装は割と綺麗だった。部屋も広く、家具を業者に運んでもらった後、瞬はケージやらベッドやらトイレやらを設置しはじめた。
「ふふっ、楽しみだなぁ。離乳までは親元にいて、それから譲り受けるつもりなんだ」
「はあ……よくわかんねぇけど」
俺は瞬に写真を見せてもらった。親猫と一緒に白や茶色の毛玉がいた。
「僕、白い子にするの」
「ふーん。名前とか決めてるのか?」
「どうしようかなぁ。可愛い名前にしなくちゃ。兄さん案ある?」
「ないない。興味ないもん」
「何がいいかなぁ」
瞬が引っ越してから二週間後。とうとう家に連れてきたとのことで、仕方がないから見に行ってやった。
「見て見て! うちのしらすちゃん!」
「しらす……?」
瞬のネーミングセンスには期待していなかったが、どうせ猫もわかっていないだろうし別にいいだろう。しらすはベッドに丸くなって寝ていた。
「んふっ、可愛いよねぇ」
「まあ、よかったな」
俺が気にしていたのは、これから瞬がうちに来なくなるのではということだった。しらすをそんなに放置してはおけないだろう。
「瞬、今日の夕飯どうする?」
「あっ、一緒に食べるの?」
「俺はそのつもりだったけど」
「兄さん何か買ってきてよ。僕しらすの側に居たいから」
作るのも面倒だったので、コンビニで弁当を買って戻ってきた。しらすは起きていて、俺を見ると部屋の隅に逃げていった。
「こわくないよ、しらす。僕の兄さんなんだ。優しい人だよ」
「猫に言葉が通じるかよ」
「むぅ。気持ちは通じると思うよ」
弁当を食べて、タバコが吸いたくなったので、瞬に尋ねた。
「タバコどうしてるんだ」
「あっ、しらすにケージに居てもらって、ベランダで吸ってる。受動喫煙させちゃ可哀想だもんね」
瞬は部屋の隅に逃げていたしらすを抱き上げてケージに入れた。
「ごめんね、ちょっと待っててね」
一服しながら、瞬のお尻を触った。
「なあ、最近してないだろ。そろそろ……」
「えー、しらすの前でえっちなことしたくないよ」
「ん……そっか……」
タバコが尽きるまで瞬のお尻を揉んでいた。
戻ると、瞬はしらすをケージから出して俺に渡そうとしてきた。
「ほら、兄さんのとこいっておいで」
「や、やめろよ」
しらすは瞬の腕をするりと抜け出して、部屋の中をうろつき始めた。
「兄さん猫好きじゃないの?」
「見る分にはいいんだけど……いざ実物となるとな……」
それよりも瞬にネコミミをつけて愛でたい。今夜はお預けとなると行き場がない。それでも瞬と一緒に居たかったので泊まることにした。
「瞬、シャワー浴びよう」
「いいけど変な所触らないでよ?」
瞬のガードは固かった。洗うついでにお触りしようとしても手をのけられた。生殺しである。
「もう、兄さんやめてってば」
「俺より猫が大事か……」
「しらすは僕のうちに来たところでまだ慣れてないの。兄さんは自分のこと自分でできるでしょ? もう少し我慢して」
風呂場から出るとしらすは寝ていた。せめてキスだけでもと思って瞬をベッドに押し倒した。
「兄さんっ……!」
「キスするだけ」
「それだけじゃ済まなくなるでしょ! 僕わかってるんだからね!」
瞬の足がまともにみぞおちに入った。
「ぐっ……」
「それ以上したら帰ってもらうよ?」
「わかった、わかったよ」
これもみんなしらすのせいである。俺はすぅすぅと眠るしらすを睨み付けた。
「ふふっ、可愛いねぇ可愛いねぇ」
「瞬、俺は?」
「はいはい、兄さんも可愛い」
電気を消して、しばらくすると、瞬も寝息をたて始めた。俺は瞬の寝顔にそっとキスをした。
そして、しらすがにゃーにゃーうるさく鳴く声で目覚めさせられた。カーテンの隙間から窓の外を見ると明け方だった。瞬はよろよろと起き上がった。
「しらす、起きたの……」
俺は眠いのでそのままベッドに横たわっていた。瞬の文字通りの猫撫で声がうるさかった。
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