【過去は不確定】
五人でショッピングモールに行き、その帰りに莉穂に『どうしてキミが雪奈と一緒にいるの?』という質問を問いかけられてから数日が経過したある日。
春斗はざわざわと騒がしい教室の一角、自分の席で顔を埋めるように机に突っ伏すと、莉穂が放った質問について考えていた。
結局あの日、質問に春斗は答えることができなかった。
反論しようにも言葉が浮かばなかったのだ。
ここで言う未来での関係。
それが時を遡り、今の春斗と雪奈を繋いでいる。
しかし――。
春斗は教室の前方。教卓の近くでクラスの男子と話している雪奈に視線を向けた。
――この時代では……俺と雪奈は夫婦じゃない。ただのクラスメイト……なんだよなぁ。
学生に戻った春斗と雪奈。
その両者の左手の薬指には何もついていない。同じ苗字でもない。
この時代において、二人が夫婦だという証が無いのだ。
――もしも……もしも雪奈が俺じゃない誰かを選んでも……何も言えないってことだよな。
時を遡っても雪奈とは夫婦だと、当然のように思っていた春斗。
しかし、その思考は莉穂の言葉で絶対ではないことを知った。
学生である雪奈、そして春斗にはこれからの人生、複数の可能性があるのだ。
例えば陸。
容姿も良くクラスの人気者で、家柄的にも裕福だ。
勉強もできるし運動もできる。
雪奈と釣り合っているかどうかで言えば、春斗よりも釣り合っているだろうし、莉穂の言っていた利があるかどうかという質問にも簡単に答えることができただろう。
それに……陸だけじゃない。
他にも学校には春斗よりも良い人など沢山居るし、これから先の未来でも数え切れないほど春斗よりも優れた人と出会うことだろう。
これからの人生において、春斗と必ず結婚する必要など無いのだ。
――だとしたら……俺が雪奈を拘束するのはおかしい……よね。
ふと雪奈の傍に居た莉穂と目が合う。
すると向けられたのは冷たい視線だった。
あの質問をされてから、春斗と雪奈は面と向かって会話することを許されない状況にあった。
メールや電話でのやり取りはあったが、それでも校内では必ずといっても良いほど莉穂が妨害し、二人の時間を阻んでいたのだ。
――まぁ、雪奈とは最初から夫婦ではなくクラスメイトとして関わるっていう話だったけど……。でも……こうしてずっと警戒されてるっていうのは……良い気分ではないよね。
春斗は溜息をつく。
すると――。
「どうした? 溜息なんてついて」
先程まで教室にいなかった陸が話しかけてきた。
「いや、なんでも」
「なんでもって言ったって、何も無かったら溜息なんてつかないだろ」
陸はそう言うと、近くにあった机の縁に体重を乗せるように寄り掛かる。
「本当に何もないよ」
「そうか? てっきり俺はアレの事で悩んでるんだと思ったんだけどな」
雪奈や莉穂が居る方に視線を向ける陸。
――やっぱりコイツ……こういうところは本当に鋭いよなぁ……。
と、未来でも陸に対して隠し事ができなかったことを思い出す春斗。
「別にそういうのじゃないよ。ただ疲れてるだけ」
「そうか? なら良いけど。で? あれからどうなんだよ?」
「あれからって?」
「いや、分かるだろ。高野との進展は?」
逃がさないと言わんばかりに核心にズバっと刺してくる陸。
その表情はどこまでも楽しそうだった。
「だから……何度も言ってるじゃん。本当に違うって」
「そうか? なら、ここ数日、向けている視線の説明はどうするつもりだ?」
「視線?」
「ずっと高野の方を見てさ、たまに石崎。割合としては七三ってところか。隠すつもりならちゃんと隠せよ。バレバレだ」
得意げにそう言う陸。
春斗は顔を逸らした。
「いや、そこで顔を逸らすのがもうダメだろ。失格」
「失格って……だとしたら何が正解なの?」
「んー、お前が抱いている高野への想いを俺に隠すことなく素直に告げることかな」
ニヤニヤとバカにするような笑みを浮かべる陸。
完全に遊んでいる様子が見てとれた。
だからだろう。春斗は陸の言葉を無視すると席を立つ。
そして「トイレ」という言葉と共に背を向けると、陸を置いて一人春斗は教室から出て行くのだった。
…………人生とは何か一つ、たった一つの些細なコトで変わるものである。
もしも春斗が陸の煽りに負けずにトイレに立たなかったら、そもそも休み時間に陸が春斗と接触しなければ、莉穂から疑問を問いかけられなかったら、もっと言えば春斗と雪奈が時を遡らなければ……。
未来から過去。時を遡った二人の人生。
既に過ぎ去り、決して変わる事の無いはずだった決定した過去。
しかし、二人が与えた影響は様々な事柄に変化を与える。
当時……過去には無かったそれぞれの関係。
それは春斗と雪奈の関係もそうだが陸や遥、莉穂もまた、当時のものとは違うものになっていた。
綺麗に揃えられ、規則的に積み上げられた積み木のように確定された過去。
もしもその積み木の位置がズレていたり、増えたり、そもそも無くなっていたら……。
今後辿るはずだった道筋、そしてその道の到達点である確定された未来。
それが不確定となった今、春斗と雪奈の未来の関係はどう変化していくのか。
それは未来を知り、過去に遡ってきた雪奈と春斗ですらも知る由もないことだった。
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