【釣り合い】


 空の色が少しづつオレンジ色から藍色に変わる頃、一緒にモールに来ていた四人と解散し、一足遅く帰路についていた春斗は電車の車窓から、少しずつ色が変わっていく空を眺めていた。


 夕方と夜の狭間の時間。

 いつもより空いている車内は静かで、座席もポツポツと間隔を開けて空いている。

 しかし、春斗は座席に座ることなく、ただただ外に目を向けていた。


 人気を感じない河川敷。

 車道に合わせて列を成している車のヘッドライト。

 そして、点々と灯り始める暖かな家屋の照明。


 そんな景色が電車の速度に合わせて移り変わっていく。

 モール近くの駅から自宅の最寄り駅まで約10分。

 その間、春斗はぼんやりと車窓からの景色を眺めながら、先程から頭の中をループしている莉穂の言葉について考えていた。


『どうしてキミが雪奈と一緒にいるの?』


 それはモールを出て莉穂に呼び出された時にかけられた言葉。

 この言葉がどうしても頭から離れなかった。


 頭を掻き毟り、他の事に意識を向ける。

 しかし、その言葉が消えることは無かった。



 事の発端は雪奈とモールを回り、陸や遥、莉穂と合流したあと。

 もう時間も時間ということで帰るという話になったときに、莉穂からみんなと解散した後に二人だけで会えないかと呼び出された。


 春斗はその呼び出しに対して嫌な予感はあったが、それでも一対一で話したい事があるという莉穂の真っ直ぐな視線に負け、モールで買うものがあると誤魔化し、一足先に帰路に着く三人を見送ると駅に向かうバス停からほど近い場所にあった駐車場で莉穂と落ち合っていた。


「ごめんね、急に呼び出して」


 莉穂は春斗が来たことを確認すると、手持ち無沙汰を解消するために弄っていたと思われるスマホを鞄に入れる。

 そして一歩春斗の傍に寄ると、顔を覗き込んできた。


「……何?」

 

 急な行動に春斗は警戒を強める。

 すると――。


「河野君、キミに一つ聞きたいことがあるんだよ」


 そう言った莉穂は、上目遣いでニコっと可愛らしい顔を笑みで満たす。

 本来なら癒されたりするところだろう。

 人によっては一発で落ちるかもしれない。

 しかし莉穂の浮かべた表情の裏。そこには何故か油断ならない。そんな感情を抱かせるような何かがあった。


「聞きたいこと?」

「うん。そう。キミに聞きたいことがあるんだ」


 莉穂は先程の態度から一転、まるで人と会話していることを忘れたような冷たい表情を浮かべると、物を相手に独り言を話すように静かに口を開いた。


「――キミ、雪奈にお金でも渡してるの?」

「……え?」


 言葉の意味が分からなかった春斗。

 しかし時間が経過し、それを理解すると表情、そして声色から冗談ではないことが分かった。


「今日の朝、待ってる人が居るって雪奈が言うから、誰なのかなぁ~、好きな人でもできたのかなぁ~って最初は思ったんだよね。なんか朝からソワソワしてたし、急に髪を切って雰囲気を変えてきたし」


 会話を放棄し口を挟ませる気が無い様子で一方的に口を開く莉穂。


「そしたら、朝に会ってたのはキミだって言うじゃん? そんなことある? キミと雪奈……接点なんて無かったよね?」

「それは……」


 何も言うことができない春斗。

 それもそのはずで、未来の事を話さないと今の春斗と雪奈の関係を説明することなどできないからだ。

 しかし、何も言わないのもおかしな話。

 春斗は頭をフル回転し、言い訳を考える――のだが、そんなものは必要ないと言わんばかりに莉穂は言葉を続けた。


「だから思ったんだ。キミがお金を雪奈に渡して一緒に居るんじゃないかって。そうじゃないとキミが雪奈と一緒に居るなんてありないからね」

「……ありないって事は無いと思うけど。クラスメイトだし」

「ありえないよ」


 そう言い切る莉穂。

 その言葉には強い感情が乗っているように感じた春斗は無意識に圧を感じ取り、自然と一歩後ろに下がる。


「容姿も普通。まぁ、髪を切って雰囲気を変えてきたようだけど、それでも普段は無口で何を考えているのか分からない。話さないから性格だって当然分からないし、好きな物、嫌いな物、交友関係だって不明。そんな人がクラスで人気の雪奈と一緒に居る。そんなのお金以外考えられないんだよ」


 淡々と言葉を紡ぐ莉穂。

 未来でもそんな姿を見た事が無かった春斗は、莉穂の違う一面を見て心臓がキュっと締め付けられるような感覚を覚えた。


「……高野さんにお金なんて渡して無いよ」

「ふーん、それじゃ、どうして一緒にいるの? キミは雪奈に何かを与えてられているの? 雪奈がキミと一緒に居ること。それに全く利が無いんだよ」

「俺と高野さんはそういうのじゃ――」

「それこそありない。無償の関係とでも言うつもり? そんなものはこの世に無い。無償の愛なんてものは物語の中だけの話で、現実にそんな都合の良いものなんてないんだよ」


 もう春斗の言葉は必要ないと言わんばかりに莉穂は睨むような視線を春斗に向けながら、口を開き続けた。

 

「容姿が良い、性格が良い、金銭的、立場的に優位性がある。それが人と人を結ぶんじゃないの? それなのに……そもそもの話、河野君と雪奈、キミ達は全然釣り合ってないんだよ」


 正面から春斗を見る莉穂。

 そして何も反論できずに立ち尽くしていた春斗に対して溜息をつくと静かに、そして端的に一つの質問を問いかけるのだった。


『どうしてキミが雪奈と一緒にいるの?』

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