【同じと違いと迫る影】
場所は食品売り場や北海道物産展が開催されていた一階からエスカレーターを二つ上がったフロア。
雪奈を先頭に後重たい足を進め、後を追うのは顔色が優れない春斗だった。
「無理、無理、無理、本当に嫌……」
「いい加減諦めなって」
そう言ってどこか楽しそうに春斗を連れまわす雪奈。
さて、何故嫌がる春斗を雪奈が連れているのか。
それはこれから向かう場所に理由があった。
「これも時代の変化だよね。私達が学生の頃はまだギリギリ残ってたけど、大人になってからは話すら聞かなくなったもん」
「なんで俺が……石崎とか綾月と撮れば良いと思うんだけど」
「遥達とも後々撮ることになると思うけど、せっかくの機会だし」
雪奈はそう言いながら、目的の場所――ゲームセンターに春斗と共に足を踏み入れる。
そしてモールの通路とは対照的に薄暗いUFOキャッチャーやメダルゲームの筐体が並んでいる通路を抜け、奥へ進むと制服姿の女子高生たちが多くいるプリント倶楽部、通称"プリクラ"のコーナーに辿り着いた。
「うわ~。この雰囲気、本当に久し振り」
目をキラキラと輝かせながら、楽しそうな表情を浮かべる雪奈。
それに対して春斗といえば……変わらず沈んだように顔を俯かせていた。
「……楽しそうだね」
「大人になってからは好んで来るような場所じゃないし、それに私達が居た時代ってスマホで自撮りがメインだったじゃん?」
「いや、だったじゃん? って言われても知らないけど」
「あ~。確かに、ハルはそういうのとは無縁な気がする。……ごめん」
「謝らないで。虚しくなる」
そんな会話を繰り広げる二人。
幸いな事に周囲は様々な筐体から出る音で声はかき消されていて、未来での話を気兼ねなくすることができた。
「それじゃ入ろう?」
「俺……外で待ってるよ」
春斗は女子高校の園からあと一歩というところで踏み止まる。
すると――。
「実は……さ、私少しだけ憧れてたんだよね。制服姿で男の子とプリを撮るの」
先程の楽しそうな表情から一転、少しだけ影を落とす雪奈。
それに対して春斗はたじろぐ。
これは未来での話。
思えば雪奈とゲームセンターなどの娯楽施設に好んで来ることがなかった。
金銭的な問題もそうだが、そもそも人が多いところが苦手だった春斗。
雪奈と行く場所といえば、静かなお寺を散策するか車を走らせてドライブがメインだったのだ。
そんな背景があるからこそ……こういう風に言われてると弱かった。
「……少しだけだよ」
春斗は折れるようにそう言う。
すると、先程影を落としていた雪奈の顔から一転、出てくるのは勝ち誇ったようなガッツポーズだった。
「うしっ!」
「……雪奈?」
「なんでもない。それより早く行こうよ! 放課後なだけあって人が多いしさ」
「……納得いかないけど……撮るって言っちゃったしね。早く終わらせよう、それはもう迅速に」
雪奈は春斗の言葉に大きく頷く。
そしてついに……春斗と雪奈はようやく当初の目的である大人の時にできなかった事に着手するのだった――のだが、そう上手くいかないのが人生というもので……。
「えーと……証明写真?」
筐体から出てきたプリントされた写真。
そこにはバッチリポーズを決める雪奈と、どうすれば良いのか分からず狼狽えた後に完全に硬直し真顔のまま映る春斗の姿があった。
「いや、いきなりポーズしろって言われてもできないよ」
「ふふ。だとしても……こ、これは無いわ。本当に毎回ハルは期待以上のことをしてくれるよね」
雪奈は声を高らかに笑うと、春斗の肩を叩く。
そして形だけの励ましの言葉をかけると、再度写真を目にして笑いを堪えた。
「……来なきゃよかった」
「そんな事言わないの。そもそも行くところがないから任せるって言ったのはハルだよ?」
「いや、こうなると分かってたなら俺が決めてたよ」
「ほう? 頑なに意見を出さなかったのは誰かなー?」
なんて会話をゲームセンターの出口に向かいながらする二人。
気付けばエスカレーターを下り、アパレルショップや雑貨を横目に目的地を決めることなく練り歩いていた。
「ねぇ、なんか懐かしくない?」
ふと、雪奈がそんなことを呟くように言う。
「懐かしいって?」
「いや、こうしてゆっくり二人で歩く事だよ」
「……そう?」
「そうだよー。買い物に行くのだって最近は別々だったし、一緒に出掛けてもそれは何かしら目的があったでしょ?」
「確かにそうかも。お互いに仕事が忙しかったし、そもそも時間が合わなかったからね」
「だよね~。なんか思い出さない?」
そう口にした雪奈はご機嫌な様子で春斗の顔を覗き込む。
そして目が合うと、ニコっとした笑みを浮かべた。
「思い出す? 何を?」
「んー、私達が同棲をしてた頃のこと」
「……そうかな?」
「そうだよ。あの時は一緒に買い物に行って、夜ご飯の食材と安いチューハイを買ってさ。今は遺憾ながらアルコールは無いけど」
雪奈は手に下げていたチーズと物産展で買ったつまみが入っている袋を春斗に見せると言葉を続ける。
「あの頃ってお金はなかったけど、時間だけはあってさ。買い物も一緒に来てたじゃん? ま、最近も行ってるといえば行ってるけど、頻度は確実に減ってたし、そもそも効率重視! って感じでこうして何も考えないで歩くことなんて無かったよね」
「まぁ……それは」
「だからさ、なんか懐かしくて……やっぱり良いね、こういうの」
「結局大人の頃にできなかったことはプリクラくらいしかできなかったけどね」
春斗はそう言うと、仕舞う場所が分からず行く先を失っていた証明写真……もといプリクラを雪奈と共に見る。
そしてお互いに笑い合うと、再度歩き出した。
「でもさ、学生らしいことをするって……これで良かったの?」
「ん?」
「いや、他にも何かやりたかったのかなって。俺は学生がどういう風に遊んでいるのか分からないからさ。俺達がやったことって……それこそ未来でもやってたことじゃん?」
「ああ、食料品を見て回ったりってこと?」
「うん。プリクラはともかく、結局はいつもと変わらなかったというか……」
申し訳なさそうな表情を浮かべる春斗。
すると――。
「別に良いんじゃない?」
軽い感じでそう言うのは雪奈。
想定していなかった反応に春斗は思わず雪奈の顔を見た。
「んー、多分ね。もしもの話だけど……きっと私達が学生時代に恋人になっていたとして、今日と同じように出掛けるとするじゃん? そしたらきっと今と同じような感じになってたと思うんだよね」
「そうかな? 流石に若い頃の俺だったら……」
「いや、同じだと思うよ? 大人だろうが、学生だろうがハルはプリクラを嫌がっただろうし。行く場所に迷って食品売り場を見て回るっていうのも容易に想像できる」
春斗の反論を一刀両断しながら雪奈は指を顎に添えると、あったかもしれない可能性の話をする。
「だから……きっと私達はこうなんだよ。時代とか年齢とか関係無くね。まぁ、最近は忙しくてそれどころじゃなかったけど……でも、きっと私達は――。まぁ服が制服っていうのは新鮮で良かったけどね」
雪奈はヒラリとスカートを揺らして見せる。
その態度や表情からも機嫌が良いことは何となく分かった。
「おつまみの入った袋を下げて、ハルが困っていたり、戸惑っているところを見ながら一緒に歩く。私はそれだけで……本当にそれだけで幸せだよ」
恥ずかし気も無くそう言う雪奈。
春斗は顔を逸らすことしかできなかった。
「ふふ。そういうところだよ。ま、そんな訳でこれからは夫婦じゃなくてクラスメイトとしての関係になるけど、これからもよろしくね」
雪奈はそう言うと、春斗の二歩先を歩く。
向かう先は決めていない。
目的なんてものは無い。
ただあるのは春斗と雪奈、未来では夫婦だった二人が時を遡りクラスメイトとして制服を着て一緒に歩いているだけ。
関係は変わったが、それでも二人の空間は変わることは無かったのだった。
『どうしてキミが雪奈と一緒にいるの?』
――そう。この時代において当たり前の疑問を投げかけられるまでは……。
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