8-8

 四蛇に案内された家に入ると、ひとりの女性が待っていた。


「彼女は又旅だ」

 四蛇が短く紹介する。


「あなたは確か……」


 傘音が呟き、句朗も気づいた。本部の日程表の隣に貼られていた、手配書の似顔絵にそっくりだ。


「又旅は、蒼羽隊に関することを探っている最中に見つかって、手配されたんだ」


 四蛇が庇うように説明する。傘音は不安な顔をしながらも、納得した様子だった。

史紋が桂班を紹介しようとすると、「いいさ、飯を食いながらにしよう」と又旅が遮った。

 食卓には食事が並んでいる。一人分の粥もあるのは、入を気遣ってくれたのかもしれない。


 入は二階の寝室に運ばれた。句朗は傍についているつもりだったが、乞除がその役目を申し出た。まごついている間に食事を勧められたので、乞除に入のことを任せ、落ち着かない気持ちで席についた。


「いただきます」


 律儀に両手を合わせ、史紋がそう言うと、すぐ後に「いただきます」という史紋の声がもう一度聞こえた。句朗があたりを見回すと、又旅の膝の上に山彦が乗っているのを見つけた。


 食事が始まると、改めて自己紹介があった。

 四蛇の正体は、古井の弟だった。

 言われてみれば、前に写真で見せてもらった古井とよく似ている気がした。古井の本名は六鹿というらしく、四蛇と六鹿は、兄弟の五馬を探すために九頭竜国を離れ旅に出て、いろんなところを冒険したそうだ。その中で、五馬の居場所が蒼羽隊ではないかと見当をつけ、六鹿が古井を名乗り翠羽隊に潜入していたのだと言う。


「詳しいことは、明日順を追って全部話そう。時間をかけて説明しないと、信じてもらえないような話ばかりなんだ」


 そう言って四蛇は乞除の紹介に移った。


 乞除は、妙丸の里に住んでいる、解呪に長けた呪師だそうだ。自分の生活と関係ないことには関心がなく、あまり協力的ではなかったのを、四蛇と又旅が説得して、ここまで引っ張り出してきたのだそうだ。本人がその場にいないため、四蛇は率直に述べた。


 佐治という憑き物は、乞除の友人らしい。

 憑き物には呪術がかけられており、他の生き物がとんでもない化け物に見えるのだそうだ。それが理由で、人間や他の生き物に攻撃的らしい。

 信じられない話だが、それが判明した経緯なども、明日話すと四蛇は約束した。佐治はその呪術を、乞除によって解呪されているため、友好的なのだそうだ。この近辺にいる憑き物は、ほとんど乞除が解呪してくれたため、安全らしい。佐治は言葉も話せると聞いて、四人は驚いた。


「最後に、又旅と茶々だ」


 四蛇が紹介しようとすると、「お前も食え」と又旅が四蛇に促し、彼女は自己紹介した。


 又旅は四蛇と六鹿の旅の仲間らしい。五馬に恩があったこともあり、行動を共にするようになったそうだ。自分と心を通わせた生き物に取り憑く呪術を使えるらしい。

 彼女によく懐いている山彦は、茶々という名で、又旅と茶々と乞除は、故郷を同じにする古い友人なのだそうだ。


 続いて、史紋が桂班を順に紹介していった。ただし全員過去のない人間のため、名前と役職くらいしか話すことはなかった。


 食事が終わると、入以外の四人についても、順に解呪が施された。

 みな初めての経験に、緊張しながらそれを受けた。

 受ける前と後でなんの変化も感じられなかったため、本当に効いたのだろうかと、句朗は少し不安になった。


 解呪が終わると、句朗はすぐに二階へ上がった。乞除は食卓へは来ず、どこかへ引っ込んだ。大人数でいるのが苦手なのかもしれない。

 佐治は訪問者に興味があるのか、その場に残った。

 又旅と茶々は、くつろいだ様子で窓の外を眺めている。


「朧という蒼羽隊員を知っているか」

 四蛇がそう尋ねると、傘音が鼓童と史紋の顔を見た。


「なぜ……。なぜ朧を知っている」

 史紋が尋ねる。


「ああ、すまない。順を追って話すと言ったのに、つい気になって。明日ゆっくり話そう」


 史紋は迷ったような顔をすると、黙って俯いた。


「朧は死んだ」

 鼓童がそっけなく言う。


 四蛇は目の前が暗くなるような表情をして、「そうか」と呟いた。後ろで又旅も目を伏せた。


 句朗は入の傍で、何度も白紙に戻る呪術が解けたことを説明した。彼女はこちらを見て、話を聞いているようなそぶりを見せた。回復の気配を感じられたので、句朗は久しぶりに、いくらか安心して眠ることができた。


 翌日、目が覚めてすぐに入の部屋を見に行くと、ベッドは空だった。一階に降りると、入はすでに起きて食卓についていた。


「入、大丈夫?」


 句朗が尋ねると、決まりが悪そうな顔をして、「いろいろ、ごめん」と言った。


 入の向かいには又旅が座っており、壁際には佐治が立っている。机の上で、茶々が腹を見せて寝転がっている。


「今日の話は、絶対聞かなきゃと思って」

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