1-7

 ブザーから指を離した目有が、鞄を顔の高さに持ち上げて囁く。


「お手洗いの隣の扉ね。箪笥の上にあるから」


 山彦は「何度も聞いたわい」と思ったが、今声を出すのは危険なので、黙っておいた。


「洗面所、お手洗い、六鹿の部屋 の順だから」


 山彦はしつこい、とばかりに、鞄の内側をぼこぼこと蹴っ飛ばした。


 出迎えた六鹿は、目有の大きめの鞄に視線を留めたが、すぐに外して迎え入れた。そっと鞄を置くと、玄関で靴を脱いで揃え、またそっと鞄を持って食卓へ向かう。三人が席に着きジュースが振る舞われると、世間話をした。六鹿たちは気を使っているのか、目有が本題を切り出すのを待ってくれているようだ。目有は、彼らのそういうところが好きだった。


 頃合いを見て、目有はお手洗いに立った。向かいながら鞄の口を開け、扉の前に鞄を置いて、中に入る。その間に山彦が鞄から出て、人形を探す手筈になっている。山彦が戻ってきたら、扉を小さくひっかいて合図してくれるはずだ。


 しかし、いつまで経っても合図が聞こえない。聞き逃しただけかと思い、そろそろ出ようかと思った頃、扉の向こうで「目有、大丈夫?」と六鹿の声がした。

 長くこもりすぎたため、心配してくれたのだろう。「大丈夫」と答えると、目有は扉を開けた。


 鞄を持ち上げると、軽い。顔が引きつる。


 食卓へ戻ると、目有は二人に、蒼羽隊と関わりのある知人を紹介してほしいという話をした。以前から、蒼羽隊の使う憑き物退治の呪術に興味があり、お金を払ってでもその方法を知りたいのだと話した。結果的に断られても構わないので、取り次いでもらうことはできないかと控えめに頼んだ。口実のために用意した話だが、まるっきり嘘というわけでもない。


 目有は、九頭竜国の外に住む家族に会える日を夢見ている。憑き物を自分の手で退治することができれば、家族に会えるかもしれない。ただ、複雑な事情により、ほとんど諦めていたことでもあった。


 目有の作り話は説得力のある話だったようで、六鹿と四蛇は真剣に話を聞いてくれた。現実的に話が進み、ここへ来た本来の目的が意識の中で薄れかけてきたところで、「あれ、山彦」という四蛇の声と共に、それを思い出した。


 台所で、四蛇が山彦の首を掴み上げ、腕に抱きとった。山彦は細い目をめいいっぱい開いて、助けを求める視線を送ってくる。


「あれ、その子。最近近所で見かける子だ」


 目有は四蛇の方へ手を伸ばし、自然な仕草で山彦を抱き取った。そそくさと席に戻り、山彦を隠すように膝の上に乗せた。


「街に山彦がいるの?」と六鹿。


「え、ええ。誰かに飼われているのかしら」


「というか、山彦の見分けがつくの?」と四蛇。


「ええ。ほら、赤い首輪をつけているし……。きっと私についてきちゃったんだね」


 六鹿と四蛇がそろってどこか腑に落ちない顔をした。話題を逸らすため言葉を探しているうちに、先に六鹿が言った。


「その山彦、真似しないわね」


 普通の山彦であれば、うるさいほど、人の言葉を真似するはずだった。目有はじわりと冷や汗をかいた。


「そういうふうに躾けられているのかしら」と目有は取り繕ったが、山彦がにんまりと笑うのを見て、嫌な予感がした。


「なんだかもう面倒になってきちゃった」


 山彦の口から飛び出たその声は、目有のものだった。六鹿と四蛇が不思議な顔をして目有を見つめる。

 二人は、「なにが?」と当然の疑問を口にする。

 山彦は、すっかりどうでもよくなった様子で、膝の上でくつろいでいる。


「言われた場所に人形がなかったから、わしは悪くない」


 六鹿と四蛇は、まじまじと目有の顔を見る。


「わし?」

「人形?」


 膝の上の山彦を睨み付けると、おかしくてたまらないという顔をしている。


 六鹿と四蛇は、すっかり混乱して顔を見合わせていたが、目有が黙りこくっているので、ジュースを口に運び、混乱を落ち着かせようとした。


 山彦は、声を出さないように笑い転げている。

 発すべき言葉に迷っていると、六鹿が「大丈夫?」と聞くので、山彦の口を塞ぎながら、「大丈夫よ」とすぐに答える。


 六鹿と四蛇がまたゆっくり視線を交わしたが、その時、六鹿が思い出したように、四蛇のポケットに手をつっこんだ。


「そうだ、あれ。どこやった」

 嫌がる四蛇に構わずもぞもぞと何かを探す。


「これ。山彦で思い出した」


 ころんと机の上に転がったその木彫りの人形に、目有は目を奪われた。目有が山彦を掴んで持ち上げると、山彦は机の上に飛び出して鼻がくっつきそうなほど近くに寄り、人形をじろじろと見回した。山彦がそれを食べてしまうのではないかと心配した六鹿が、慌てて手で押さえる。


「この人形のこと、もしかして、目有は知ってるのかなって……」と六鹿が言う。


 目有は何も答えず、山彦の言葉を待った。


「間違いなく、本物だ。例の呪術がかかっておる」


 山彦が目有に向かって発したその声は、女性の声だった。目有の良く知る、普段通りの声だ。六鹿と四蛇は声の主が分からず、動きを止め、視線だけであたりを見回した。


「お前たち」

 山彦が尻尾で、六鹿と四蛇の手を軽く打った。


「五馬は生きとるぞ」


 唖然とする二人の顔にぐっと近づき、山彦は言った。


「お前たちはどうする」

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