第2話

 まるで私の心を読んだかのように、その男はポツリと呟いた。

 通路を挟んで隣の席に座っていた、黒髪の青年。私達と同じく地球に帰る予定の客だ。

 低めのポニーテールを揺らしながら、男は私達の方を向いた。高い鼻梁が目を引く。

「――だったりしてな」

 彼は鼻の頭にギュッと皺を寄せて笑った。気高そうな顔立ちとは正反対の、どこか粗野な仕草。

「こないだニュースで増殖中だとかやってたもんね。こんな逃げ場のない宇宙船の中に侵入されたら、私達ひとたまりもないねー」

 言葉とは裏腹に、姫ちゃんはにこにこしている。左の目元にあしらったハートマークのメイクが、いつもより赤く見えた。

「なんだ、ウサ耳お姉さん存外落ち着いてんね」

「えー、そんなことないよ」

 姫ちゃんは切り揃えた前髪から覗く瞳を三日月の形に細めた。


 姫ちゃん。

 イタズラ好きで好奇心旺盛で、いつもふわふわ笑っていて、私を翻弄する大切な親友。

「ま、まあ、多少トラブルがあったとしても、アンドロイドが乗ってるんだし大丈夫でしょ」

 さっきの光景に動揺して上ずった声が出たけど、最新型のアンドロイドを信頼してるのは本当。ちょっとしたテロとかハイジャックとか、そういう武力的な犯罪行為に対しても対処できるっていうのがウリだったはず。

「そうだね」

 姫ちゃんは、私の頭をポンポンしながらゆったりと言った。

「もし何か起きても、私がマキちゃんを守ってあげるから大丈夫」

「姫ちゃん……」

 こんな時なのに、ジンときてしまう。


 解れかけた気持ちは、トイレに続く扉が大きな音を立てて吹き飛ばされたことで再び恐怖に傾いた。

 後ろを振り返ると、さっき対応してくれたアンドロイドが扉ごと座席側になだれ込んでいた。その向こうに、花が咲いたようにお腹が破裂している鈴木さんが転がっている。

 大型犬並の大きさの白い生物が、アンドロイドに馬乗りになっていた。

 頭部が前後に異様に長く、四足の全てに鋭い爪が付いている。体長よりも長い尻尾で床を鞭のように叩いた。鋭く伸びた舌先は、アンドロイドの胸部を貫いている。

 今度こそ私は悲鳴をあげた。


「っぱエイリアンじゃねえか」



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